コラム48:末期心不全患者へのエンドオブライフ・ケア~援助的コミュニケーションを実践し見えたこと~

  • 支える人の支え
  • わかってくれる人がいるとうれしい
  • 心不全

某循環器専門病院 外来看護師

松本梢さま

(ELC第29回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ファシリテーター)

【はじめに】

 私は、循環器専門病院で外来看護師として多くの心不全患者へ看護を提供しています。再入院を繰り返す心不全、発症から5年も経てば、ついこの前まで歩いて外来に来ていた患者が次々に亡くなられるという時間を過ごしていました。何かできることはないかと心不全患者の語りに耳を傾け始めた頃、お一人の心不全患者Aさんに出会いました。

 

【Aさんとの時間】

 80代男性。腹筋を日課とする大柄の元気な方でした。重症大動脈弁狭窄症にて心不全を発症し緊急入院。治療は人工弁置換術のみでしたが、適合サイズの人工弁が無く、手術不可能にて心不全発症から数ヵ月ですでに末期心不全として外来に通院され始めたところに出会いました。

 

 Aさんは手術の話が進む過程で、手術をしなければ余命1年以内と説明を受けられており、手術ができない今、自身の余命を1年もないと私にも話してくれました。毎月家族と受診に来るAさんに、私は何かできることはないかと思う反面、受診日になると足がすくみ、ただただじっと時を待つかのように過ごされ、毎回夜間頻尿が辛いと話されるAさんの前で、聴くことすらままならならず立ちすくむ自分を感じていました。何もできなかったのです。立ちすくみ続け一月、一月と時間が経過し、1年ほどしてAさんは急死されました。

 

【末期ケア、緩和ケアという用語にすがるように】

 Aさんとの別れから自身のグリーフなのでしょうか、敏感になっていました。その過程でこのエンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座に出会いました。2日間の講座は何度も涙を流しましたし、何かが解き放たれるような感覚を覚えています。

 

【援助的コミュニケーションを意識してから。Bさんとの時間】

 Bさん、80代男性、60代にDCM診断、近年4年間に8回の入退院を繰り返し現在末期心不全状態。今までの患者指導は拒否していました。医師からは「今後は薬が反応しないかもしれない、心臓は末期状態で長くない、もう少し心臓のために出来ることを頑張って今の生活を少しでも長く送れるようにしましょう」と説明され、看護者に援助依頼がありました。

 

▶わかってくれる人を意識して

 私は「私がBさんにとってわかってくれる人になる」ことを意識しました。元々魚卸業で、経営者の傍ら農業をされ、近年は農業に専念、長男様と2人で切り盛りされていました。終始、時期の作物を切らさないようにしている事、それはご近所様や、娘家族がいつ採りにきてもいいようにしてやりたいという想いであり、Bさんの大切にしている事でした。最近は、体重が増えないよう食事を減らすなど、Bさんなりの努力をしているのに心不全が悪化してしまうことや、「今まで出来ない事を言ってくる看護師が嫌だったけど、言うことを聞いていたらこんなに悪くならなかったかもしれない、まぁ寿命か。」などと話されました。

 

▶苦しみ・支えを意識して見えたこと

 Bさんは長い経過や年齢的にも自分と死ということは結びついているようでしたが、元経営者・父親・地域役割の中で、その形として作物を切らさないようにしたいという尊厳から、未だ多くを支え続けていました。一方でその限界感に苦しんでいるようにも感じました。長男様は面談の場に同席され、一緒に本人の語りを聴いておられました。

 

 その後少しずつ、長男様が以前よりも積極的に農業に関わるように変化されていました。Bさんと農業の関わりを保ちつつ、心負荷にも配慮し、また作物を切らさないようにしながら農業に没頭されるようになりました。また長男様の変化からBさんも次第に長男様に任せるようになり、また、心不全について知りたい事、解決できることについて学び、療養行動を変化させていきました。Bさんは役割交代の後に、医師から言われた「自身の心臓のためにできること」を大切な家族のために取り組まれているのだと思いました。以降、心不全は安定し現在も自宅療養されています。「毎日ぼつぼつしとる。やると決めたらやる。でも後が短いことは変わらん。」

 

▶事例を通して学んだこと

 「立ちすくむ自分」から、「わかってくれる人」を意識することで死を意識しているBさんと向き合うことができました。そして「聴く」ことでこぼれたBさんの苦しみを長男様がキャッチし、拭おうとして下さいました。そして役割交代からBさんも心配をかけないように療養に専念するように変化していく様は、互いに支え合いそれを強めているのだなと感じました。

 そして死期を意識しながらも、以前より流れる時間は確かに「穏やか」と感じずにはいられませんでした。またスタッフも「苦しみと支えのシート」で援助の視点を共有したことで、関わる上で気持ちが軽くなったようでした。人は苦しみの中で、それが解決できなくとも支えが強まれば心強かったり、安心感を得たり、温かい気持ちになったり、新たな希望を得ることもでるのですね。そういった援助を今後もできる自分になれたような気がしました。これはBさん家族が私に下さった大切な支えです。

 

▶最後に

 心不全のような非がんの分野にも緩和ケアの必要性が謳われ、以前であれば最期まで積極的治療の色が濃く残る分野でしたが、近年病期や残された時間を意識した全人的な関わりが現場にも見られるようになりました。その変化から、現場はかつての私のように立ちすくんでいる方が多くいると感じています。今後は一人でも多くの仲間にこの援助法を伝え、死を目の前にする患者とその家族、そしてケアする私たち自身も「穏やか」でいられるよう努めてまいりたいと思います。

エンドオブライフ・ケア協会では、このような学び・気づきの機会となる研修やイベントを開催しております。活動を応援してくださる方は、よろしければこちらから会員登録をお願いします。

コラム一覧へ戻る

TOP