「エンドオブライフ・ケアとは何をすることですか」と問われたら、皆さんはどのように答えるでしょう。私たちは「人生の最終段階を迎えた、その人の“尊厳”を守るケア」であると考えます。
人生の最終段階において、人は様々な形で、自分自身の“尊厳”を失っていきます。今まで1人で買い物に行けていた人が、行けなくなったり、今まであたりまえにできていた入浴やお手洗いですら、できなくなったりします。自分が果たしてきた役割を失い、家族や他の人に迷惑をかけ、本当は自分でやりたいことを制限されてしまい、自尊心が崩れていきます。
多くの人が、このような苦しみを抱えます。この苦しみは、まもなくお迎えが来る人に限らず、認知症や心臓病や神経難病を含む、やがてお迎えが来るであろうすべての人とその家族が避けて通れない大切なテーマがここにあります。
エンドオブライフ・ケアでは、このような苦しみを抱えた人の尊厳を取り戻すことを意識します。どうすれば、尊厳を取り戻し、尊厳を守り、さらには、尊厳を維持していくことができるのでしょう。
1つの可能性として、ディグニティセラピーを紹介します。ディグニティセラピーとは、カナダの精神科医であるチョチノフ医師(Dr. Harvey Max Chochinov)によって考案された精神療法的アプローチで、終末期患者の「尊厳」に関わる30年にわたる研究に基づいています。
患者はセラピストとの対話を通して、最も輝いていた頃のことをふりかえり、誇りに思っていること、果たしてきた役割、学んで来たことなど、自分にとって最も大切なことを明らかにする機会を得ます。そして、その言葉は、大切な人に憶えていてほしい「私」からのメッセージとして文書にすることで、世代を超えて継承していくことを可能にします。
メッセージを文書にするのは、本人ではなくセラピストです。訓練は必要ですが、構造化されており、本人との信頼関係ができていれば、短期的で有効な介入方法であるとされています。
「私はこういう人間だ」という自分自身の自己イメージと、ヘルスケアの従事者から自分がどのように見られていると感じるかの間には、密接なつながりがあります。本人が自覚していてもいなくても、また本人がそれを望んでいてもいなくても、患者や家族は鏡に映る自分の姿と同じように、自分自身を肯定的に映し出してくれるヘルスケア従事者を求めています。
ヘルスケア従事者の態度や行動は、すべて患者に影響します。病気や苦しみだけをみるのではなく、その人全体をみて対応することが大切です。誰でも、自分は透明人間のようだと感じたくはないし、何かが欠落しているものとして見られたくもありません。
終末期患者を対象とした研究によれば、個人の尊厳の感覚が、文字通り、その人が生きるか死ぬかの希望を左右することがあります。ある調査では、病院でケアを受けている終末期患者3分の2が、尊厳は他人によって奪われ得るものだと感じていました。同じ調査では、地域でケアを受けている終末期患者のほぼ全員がこれとは反対の考えを持っていました。
これらの調査結果は、尊厳が非常に重要であること、そしてなぜヘルスケア従事者はすべての人の価値と自尊心の感覚を守る義務があるのかを示しています。
出典:Dignity in Care
幸福とは何か、定義することが難しいのと同じように、尊厳もまた、多面的で多様な概念であり、定義することは難しいものです。しかし、医療を受けるすべての人の人生に尊厳をもたらすことは努力に値します。
尊厳の感覚を強める、あるいは弱める要因についての30年にわたる研究を通じて、マニトバ大学の研究チームは、医療的な問題に対応する際、一貫した様々な要因によって、人は尊厳の感覚を維持したり、失ったりする可能性があることを発見しました。
これらの要因をまとめたものが、「ディグニティモデル」です。病気そのものが、自立性の喪失、苦痛を伴う症状、圧倒的な不安に対する懸念につながる可能性があります。その人自身のアプローチや視点が、尊厳の感覚を維持するのに役立ちます。その人が他者からどのように扱われるかは、尊厳を守ることにも、尊厳を奪うことにもつながります。
医療的な問題が深刻であればあるほど、これらの要因のほとんどが、その人の尊厳の感覚に影響を与える可能性が高くなります。しかし、これらの要因の中には、医療を受けるすべての人にユニバーサルに当てはまるものもあります。
例えば、医療と何らかの関わりを持つとき、ほとんどの人は親切で敬意ある関わりを期待します。また、どんなに些細な問題であっても、自分の治療に対してある程度コントロールしたり発言権を持ちたいと、一般的には考えます。
出典:Dignity in Care
Intensive Caring: Reminding Patients They Matter
インテンシブ・ケアリング:
自分は大切な存在と患者に思い出してもらうということ
Harvey Max Chochinov, MD, PhD
現代のホスピス運動と緩和ケアの創始者であるデイム・シシリー・ソンダースが言った有名な言葉に、次の言葉がある。あなたはあなたであるからこそ大切であり、あなたが人生の最期を迎えるときまで大切です。この言葉は、緩和ケアの中心的な哲学的信条となっている。それは、無力感、絶望感、無価値感を抱いている患者に、自分は大切な存在であることを思い出させるよう私たちに促している。たとえ彼らが自分はもはや生きる価値がないと感じているときでも、私たちヘルスケアの専門職は、彼らの本質的な価値を肯定しなければならない。
すべての人間は死すべき存在であり、意味や目的のない人生、あるいは終わるとすぐに忘れ去られてしまう人生を生きることを恐れている、という点ですべての人は共通しています。ディグニティ・セラピーは、生命が脅かされ、生命の限られた状態にある人々への心理的介入として最も研究されており、世界中の様々な医療機関やホスピスで実践されています。このセラピーは、患者がまだ伝えられるうちに、伝えるべきことを伝えられるようにする方法を示し、自分がどのように覚えていてもらえるのかを形作るための機会を提供するものです。数々の研究で明らかにされているように、ディグニティ・セラピーは人生の最終段階における経験をより豊かなものにし、残された人たちがその人の死を悼むことができるようにするものです。私の願いは、日本の患者さんがディグニティ・セラピーを受けられるようになり、世界中の患者さんが経験しているような恩恵にあずかれるようになることです。
日本のすべてのヘルスケア従事者が、インテンシブ・ケアリングのメリットを近いうちに知ることを願っています。インテンシブ・ケアリングとは、深刻な苦しみを体験している患者にどのように関わるかを描いたものです。すべての苦しみを解決できるわけではありません。インテンシブ・ケアリングは、苦しみを解決できないにもかかわらず、その苦しみとともにある方法を示しています。インテンシブ・ケアリングの要素には、見捨てないこと、一人の人間として患者に関心を持つこと、尊厳を肯定する存在であること、希望を抱くこと、そして、謙虚な態度で接することが含まれています。インテンシブ・ケアリングは、従来の医療パラダイムを転換するものであり、患者に安らぎと癒しをもたらすには、その人のプレゼンス(存在)とコミットメント(献身)が不可欠であることを再認識させてくれるものです。
ディグニティモデルに基づき、ディグニティセラピーの基本となる以下の質問が生まれました。これらは一問一答で尋ねるものではなく、対話のガイドラインとなるものです。
エンドオブライフ・ケア協会理事・小澤 竹俊が院長であるめぐみ在宅クリニックでは、2014年からディグニティセラピーを実施し、150名以上の患者さんがメッセージを手紙として作成しました。
ディグニティセラピーで伺う質問やその背景について、以下の書籍でもそのエッセンスをお伝えしています。
Bearing Witness:国際NGOで学んだ私がいま伝えたいこと
志田 早苗 さま
小澤先生の患者として、在宅で訪問診療・訪問介護のお世話になっています。
私が患者として小澤先生から毎回毎回問いかけられるのは、どうすれば穏やかに過ごせますかということ。その問いを受けて、今まで患者は医者任せにして、自分がどう過ごしたいか考えてこなかったのではないかと思い知らされました。
繰り返し繰り返し問いかけられるなかで、あなたの人生なんだから自分でちゃんと決めましょうよ、ということを問われている気がします。そこの決定権をちゃんとゆだねてくれている。そんな当たり前のことに気がついたことは大きなショックでした。
患者が医療を取り戻す。しっかりしろと言われている気がして。最期まで、死ぬときも死ぬことも、全部人にゆだねていいんですかって。もう少し自分で考えてみませんかって。患者にがんばれっていうのではないけれど、でもそのくらい考えてもいいんじゃないかなって。そうでなかったら、資源が少なくなって人が少なくなったときに、どうやって自分で穏やかに死んでいけるのでしょうか。もう少し自覚的になってよいのではないかと思うのです。
生涯教育者として
望月草也 さま
私が先生になったときの気持ちとしては、子どもには嘘をつかない。子どもを大事にする。子どもの家族を大事にする。この3つだけはなんとしても守りたい、そういう主義できました。結婚してうちの家内をもらったときに、今度は二人でこの言葉を守るんだって。
他の校風がどうか知りませんけど、大抵の人はそうだろうとは思っていました。ですから、子どもの名前も性格も成績も、子どもにまつわるいろんなことを、うちの家内と共通認識としてきたんです。特に私がいなくても、私のクラスが、中身がまわるように。このために私が、何べん助けられたかわかりません。
クラスの行事を、必ず子どもたちにも話をして、うちにたびたび遊びに連れてきては、うちの家内や子どもと一緒に交流する。だから、うちの家内には、負担が大きかっただろうと思います。
エンドオブライフ・ケア協会では、ディグニティセラピーの基礎となる考え方とアプローチを学ぶ講座を年に2回開催しています。その前提として、ベースとなるコミュニケーションが大切であることから、「エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座」をあわせて受講いただくことをお勧めしています。
エンドオブライフ・ケア協会では、ディグニティセラピーのご依頼をお受けします。お気軽にお問い合わせください。
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