【論文和訳】Intensive Caring: Reminding Patients They Matter インテンシブ・ケアリング:自分は大切な存在と患者に思い出してもらうということ

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 ディグニティセラピー創始者である、カナダ・マニトバ大学 精神医学特別教授、キャンサーケア・マニトバ研究所 上級研究員、Harvey Max Chochinov医師による論文を、ご本人の承諾を得て和文掲載いたします。原文はこちらをご参照ください。
Chochinov HM. Intensive Caring: Reminding Patients They Matter. J Clin Oncol. 2023;41:2884-2887. 

 

Intensive Caring:Reminding Patients They Matter
インテンシブ・ケアリング:自分は大切な存在と患者に思い出してもらうということ

Harvey Max Chochinov, MD, PhD
ハーヴィ・マックス・チョチノフ, MD, Phd

 

はじめに

 現代のホスピス運動と緩和ケアの創始者であるデイム・シシリー・ソンダースが言った有名な言葉に、次の言葉がある。あなたはあなたであるからこそ大切であり、あなたが人生の最期を迎えるときまで大切です。この言葉は、緩和ケアの中心的な哲学的信条となっている。それは、無力感、絶望感、無価値感を抱いている患者に、自分は大切な存在であることを思い出させるよう私たちに促している。たとえ彼らが自分はもはや生きる価値がないと感じているときでも、私たちヘルスケアの専門職は、彼らの本質的な価値を肯定しなければならない。その人のいま、その人のこれまで、そして、その人がやがて残していく人たちの記憶の集合体の中で、その人がなっていくであろうすべてについて。デイム・シシリー・ソンダースは私たちにこのような刺激的な方向性を示してくれたが、患者が大切であることを肯定することを中心に据えた、明確なアプローチは示されていない。

 

 私がインテンシブ・ケアリングと名づけるこのアプローチには、経験的に導き出されたさまざまな要素が組み込まれており、それらは希望を失い、意味や目的の感覚を失い、最終的に自分はもはや大切ではないと感じている患者との関わり方を体系的にまとめている。

 

大切にすることがなぜ大切なのか

 死を目の前にした患者が、自分はもはや大切な存在ではないと感じやすいという証拠は数多くある。私たち自身の研究では、死期が近づいた患者は、生きていても何の役にも立たないと感じ、他者に対して重荷を感じている可能性があり2、また、自分の世話をしなければならないと感じている人々に対して、苦しみを感じている可能性があることが示されている。他者への負担感は伝染し、自己増殖する。負担感を感じる患者は、家族に無力感や疲労感を与え、自分が本当に重荷であると暗黙のうちに肯定してしまう。重荷を感じることは、死への願望、生きる意欲の喪失、安楽死への関心を駆り立てるものとして絶えず報告されている。患者の立場からすれば、死は自分が重荷になったと感じる、その重荷を取り除く方法を提供するものであり、同時に、もはや大切ではないと感じる人生を、終わらせるものでもある。

 

 私のキャリアの初期に、末期の脳腫瘍となり、徒労感と絶望感に苦しんでいた患者がいたことを思い出す。彼は神経腫瘍科病棟に入院していたが、自分が医療チームにとって負担となっていることを感じており、私に死ぬことを手助けしてほしいと望んでいた。双極性障害、多剤乱用、家族と疎遠になるなど、これまでの人生を続けることにほとんど意味はないと考えていた。私は、彼の死を早めることはできないし、早めるつもりもないが、最期の瞬間まで、何としても彼を支援する心づもりがあることを彼に伝えた。私たちは毎週、時には週に2回会うようになり、私は彼の慢性的な自己嫌悪の原因など、彼という人間についてもっと深く知るようになった。彼はよく、病院の日常生活や医療スタッフの対応などに不満を漏らしていたが、ある日突然、私を非難し、彼を助けようとする私の努力もむなしく訴え始めた。若くて世間知らずだった私は、もし私たちのミーティングが役に立たないのならば、私たちいずれにも続ける義務はないと提案した。彼は、私の気が狂ったと思ったのかのように反応した。「あんた、正気か?」と彼は言った。「この約束があるからこそ生きていけるんだ!」

 

インテンシブ・ケアリングの要素

 インテンシブ・ケアリングは、患者に自分がいまだ大切な存在であることを思い出す方法を見つけることを促す(表1)。このアプローチの基礎となる要素は見捨てないことであり、患者がもはや自分自身のことを大切に思えなくなっても、献身的で継続的なケアと思いやりを求めるものである。デイム・シシリー・ソンダースは、「誰からも気にかけてもらえないことほど、苦しみに耐えられないことはない」と書いている。気にかけてくれる人がいなければ、苦しみは 癌のように成長し、広がり、死に至ることさえある。患者が見捨てられ、ケアから取り残されたと感じると、自殺を考えたり、自殺で死ぬ可能性が高くなることが研究で示されている。他の研究では、向精神薬を含むメンタルヘルス介入よりも、患者と腫瘍内科医との持続的で質の高い結びつきの方が、自殺念慮に対する予防効果が高いことが報告されている。終末期患者における死の願望に関する我々の研究では、死を望む患者はそうでない患者に比べて家族のサポートが低いことを報告している。従って、継続的なケアとサポートが保証されることは、患者が自分は大切な存在であると感じるための重要な要素である。

 

 インテンシブ・ケアリングのもうひとつの要素は、患者が一人の人間としてどのような人間であるかに強い関心を持つことである。私たちが研究している患者への尊厳に関わる質問(Patient Dignity Question: PDQ)は、「できる限り最善のケアをするために、あなたという一人の人間について、私はどんなことを知っておくとよいでしょうか?」と問うもので、患者は病気や障害としてではなく、一人の人間として見られていると感じるのに役立つ。米国の4次がんセンターで診察を受けている2,000人以上の入院患者および外来患者を対象とした最近の研究では、PDQは進行した悪性腫瘍患者の価値感を伺う手段として使用できると報告されている。8 このように全人的に価値を認められることは、患者の尊厳が守られることにつながる。人間性を認めることは、無条件の肯定的尊重の原則に従わなければならず、その人の人となりや何者であるのか、そしてこれまでなろうとしてきたすべてに敬意を払うことになる。それはまた、ヘルスケアの専門職と患者とのつながり、尊敬、共感を高め、病状の個別性に関わらず、その人が人としてどうあるかが大切なこととなる。7 

 

 患者が自分は大切ではないと感じれば、絶望は決して遠くの話ではない。研究では一貫して、絶望感と自殺の傾向には強い関連があることが示されている。10 11 私たち自身の緩和ケアの研究でも、絶望は死への願望の強い予測因子であることが確認されている。10  インテンシブ・ケアリングは、患者自身がもはや希望を持てないときに、ヘルスケアの専門職が希望を持ち続ける、あるいは希望を込めるものである。これは、患者が心理的、精神的、身体的な安らぎを得たり、耐えうる苦痛を感じたり、終末期に近い患者にとっては安らかな死を迎える可能性を含むように、想像力を広げることを意味する。人生の終わりに向けて、希望は、意味や目的と同義となる傾向があり、大切な人、あるいは大切なものとのつながりによって育まれることがある。これには、言うべきことはすべて言った、あるいは繰り返し伝えることを肯定することも含まれる。このような情報の共有を促進する臨床的アプローチは、心理的苦痛を和らげ、終末期の経験を高め、12 13 家族に安らぎを与えることが研究で示されている。14 ヘルスケアの専門職はまた、家族に対し、つながり、慰め、許し、別れの機会を示す道筋を示し、導くこともできる。15

 

 また、患者は、やがて残していく最愛の人への準備をすることに意味を見出したり、安らぎを得たりすることもある。ある転移性乳がんの若い女性は、ディグニティセラピー(尊厳療法)の中で、12 幼い娘を将来へと導くための知恵を提供し、家族が彼女のあまりにも短い人生の記憶を維持できるように思い出話を語り、両親や兄弟の愛と支えが彼女という人間を形成してきたことに感謝し、夫が彼女のいない人生を歩み出すにあたり、新しいパートナーを含め、幸せを見つけることを許可した。このような機会は、人生の最期まで続く。デイム・シシリーはこう言っている。「人がどのように死ぬかは、これからを生きていく人の記憶に残るのです」。1 ある人にとっては、自分が死ぬときに、このかけがえのない人生をどのように後にしていくのかのひな型を提供したと知ることに、意味と目的があるのかもしれない。

 

 インテンシブ・ケアリングは、尊厳を肯定するようなケアでなければならない。私たちは、このようなケアを、Therapeutic Presence(セラピー的なあり方)16 と名付けて研究してきた。それは、次のような内容である。コンパッション(≒思いやり)があり、共感的であること、 敬意を払い、評価しないこと、純粋で本物であること、信頼できること、いまここにいること、患者の本質的な価値を大切にすること、境界線に気を配ること、そして感情面でレジリエントであることである。言葉であれ行動であれ、このようなケアのトーンが積み重なって、患者の価値は肯定され、ふさわしい敬意を払われると同時に、本当に大切な存在であると肯定されるのである。

 

治療に対する謙虚さの必要性

 インテンシブ・ケアリングには治療に対する謙虚さが必要である。標準的な医学のパラダイムー検査し、診断し、治療するーは力を与えてくれるが、人間の苦しみにおいては、修復不可能な問題もある。治療に対する謙虚さとは、臨床の曖昧さを許容し、患者を専門家として受け入れ尊重し、そのプロセスを信頼することに加えて、治す必要性を手放すことを意味する。16 治療することができない癌や、治療抵抗性うつ病、誰にも踏み込むことのできないような大きな苦しみがある。そのような場合、治すという目標を掲げるならば敗北感をもたらし、撤退したくもなる。ヘルスケアの専門職が患者の絶望と手を結んでしまうとどうなるか。確かにすべては無駄なことであり、人生そのものが取るに足らないものであると、ヘルスケアの専門職が肯定することになってしまう。皮肉なことに、これは患者とヘルスケアの専門職の相互理解やつながりの感覚さえも高めることにはなるかもしれないが、治療的には行き止まり、つまり患者の苦しみを解決する唯一明らかな方法は死ということになるのである。治療に対する謙虚さとは、解決するということではなく、常に患者を見守り、認め、安らぎをもたらす安全な場を作りながら、患者の苦しみの本質をとらえるという姿勢に立ち戻ることである。患者が経験していることを認めながら、一方で患者は自分の苦しみを表出することで、重荷が軽くなり、孤独感が和らぐことにつながる。ヘルスケアの専門職は、このようなセラピー的な効用を認めるべきだろう。

 

 曖昧さを許容することは、解決することを目的とした通常の治療法がない中で、不確実性に満ちた現場を歩むことを意味するため、容易なことではない。このような仕事を通して私たちの支えとなり得るのは、仲間の存在である。インテンシブ・ケアリングは、進行がんに罹患しているのであれ、死を合理的に予見できない状態に苦しんでいるのであれ、生と死の狭間で揺れ動く患者をケアするときに、特に大きな負担になることもある。 長年にわたり、私はある女性のケアをしてきた。その女性は、がんの手術で慢性的な痛みが残り、激しい抑うつ状態が続いた後、それまでの順調な研究者としてのキャリアが崩壊してしまった。長年にわたる無数の治療、入院、電気けいれん療法をしても、彼女がかつての自分の本質を取り戻すことはできなかった。彼女が崖っぷちに追い込まれそうになったとき、私は私たちがともに取り組むことが大切であること、彼女が大切であること、そして彼女に会い続けることを約束することを彼女に伝えた。ときには、私たちの揺るぎないつながりだけが、彼女を人生につなぎ止めているように思えた。ある日、また別の(今回は新発売の)抗うつ薬を導入してから2週間後、彼女は椅子に座り、私の方を向いて、「オフィスのドアは紫色ね」と告げた。私はこれまでもずっと紫色でしたよと指摘したが、彼女はうれしそうにこう答えた。「知ってます。でも今は気になるの!」。継続的な関わりは、患者の支えとなり、ときには癒しの可能性さえもたらす。

 

結論

 デイム・シシリーの「あなたはあなたであるからこそ大切」という言葉から派生したインテンシブ・ケアリングは、自分の人生にはもはや何の意味もないと考えるようになった患者とともにいる方法を提供する。インテンシブ・ケア(集中治療)が、重篤で生命を脅かす状態にある患者のニーズに対応するために考案されたように、インテンシブ・ケアリングは、すべてのヘルスケアの専門職に、大きな苦しみに直面する患者とともにいるための方法を提案している。本質的に壊れているものを直そうとすると、ヘルスケア従事者は無力感にさいなまれ、自分が失敗しているように感じてしまうかもしれないが、インテンシブ・ケアリングは、患者が大切であることを肯定する無数の方法に焦点を当て、達成可能な目標を描く機会をもたらしてくれる。その個々の要素は、文献に細かく記載されており、総じて、プレゼンス、コンパッション、希望を包含している。インテンシブ・ケアリングが文化を超えて共鳴されるかどうかはまだわからないが、人間性という概念や、自分が大切であると感じられることに対するニーズは普遍的なものであり、人間であることの本質を物語っている。デイム・シシリーが この臨床的アプローチに役立つ知恵を共有してくれてから50年以上が経った。治せることが医療の手が届く範囲を超えてしまった、数十年後の今こそ、インテンシブ・ケアリングの役割を考える時である。17

 

表1. インテンシブ・ケアリングの要素

見捨てないこと 4-6                     
  献身的で質の高いつながり
  継続的なサポート                

一人の人間として患者に関心を持つこと 7-9    
  共感、尊敬、つながりを深める       
  その人の現在、その人の過去、その人があろうとしている姿、そして、
   その人が成し遂げたこと、あるいは成し遂げようとしたこと、これらの価値を肯定する

希望を持ち続けること 10-15   
  心理的、精神的、身体的な安らぎに対する希望を見出す            
  苦痛を最小限に抑え、安らかな死を望む       
  以下のことに意味と目的を見つける                
    関係性
    和解、許し、愛、感情の肯定など、分かち合うべき言葉や感情を伝えること
    どのように死に逝くかのモデルを示すこと
  家族を実現可能な機会へと導く 15   
    時間
    つながり
    安らぎ
    許し
    別れ

尊厳を肯定するケア/セラピー的なあり方  16                     
    思いやりと共感   
    敬意を払い、人を評価しないこと            
    純粋で本物であること   
    信頼できること   
    完全にいまここに集中すること       
    患者の本質的な価値を大切にすること   
    境界線に気を配り、感情的にレジリエントであること       

治療に対する謙虚さ 16            
    臨床の曖昧さを許容する   
    患者の専門知識を受け入れ尊重する                
    プロセスを信頼する            
    解決する必要性を手放す  

 

REFERENCES

1. Cicely Saunders Quotes. https://www.azquotes.com/author/20332-Cicely_Saunders
2. Chochinov HM, Kristjanson LJ, Hack TF, et al: Burden to others and the terminally ill. J Pain Symptom Manage 34:463-471, 2007

3. McPherson CJ, Wilson KG, Murray MA: Feeling like a burden to others: A systematic review focusing on the end of life. Palliat Med 21:115-128, 2007

4. Allebeck P, Bolund C: Suicides and suicide attempts in cancer patients. Psychol Med 21:979-984, 1991

5. Trevino KM, Abbott CH, Fisch MJ, et al: Patient-oncologist alliance as protection against suicidal ideation in young adults with advanced cancer. Cancer 1202272-2281, 2014 

6. Chochinov HM, Wilson KG, Enns M, et al: Desire for death in the terminally ill. Am J Psychiatry 152:1185-1191, 1995

7. Chochinov HM, McClement S, Hack T, et al: Eliciting personhood within clinical practice: Effects on patients, families, and health care providers. J Pain Symptom Manage 49:974-980.e2, 2015

8. Hadler RA, Goldshore M, Rosa WE, et al: “What do I need to know about you?”: The patient dignity question, age, and proximity to death among patients with cancer. Support Care Cancer 30:5175-5186, 2022

9. Rogers CR: Client-Centered Therapy: Its Current Practice, Implications and Theory. Boston, MA, Houghton Mifflin, 1951

10. Chochinov HM, Wilson KG, Enns M, et al: Depression, Hopelessness, and suicidal ideation in the terminally ill. Psychosomatics 39:366-370, 1998

11. Breitbart W, Rosenfeld B, Pessin H, et al: Depression, hopelessness, and desire for hastened death in terminally ill patients with cancer. JAMA 284:2907-2911, 2000

12. Chochinov HM: Dignity Therapy: Final Words for Final Days. New York, NY, Oxford University Press, 2011

13. Breitbart W, Poppito SR: Meaning-Centered Group Psychotherapy for Patients with Advanced Cancer: A Treatment Manual. New York, NY, Oxford University Press, 2014

14. McClement S, Chochinov HM, Hack T, et al: Dignity therapy: Family member perspectives. J Palliat Med 10:1076-1082, 2007 

15. Kristjanson LJ, Aoun S: Palliative care for families: Remembering the hidden patients. Can J Psychiatry 49:359-365, 2004

16. Chochinov HM, McClement SE, Hack TF, et al: Health care provider communication: An empirical model of therapeutic effectiveness. Cancer 119:1706-1713,2013

17. Chochinov HM: Dignity in Care: The Human Side of Medicine. New York, NY, Oxford University Press, 2022

 

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