死を前にした人にあなたは何ができますか

※今回は一般受付対象外となります。

認定ELCファシリテーター 中嶋順子
開催年月日 2021年09月30日(木)
時間 18:00〜19:30 (正味時間:01:30)
開催地 愛知県西尾市
会場名 にじいろほいくえん
対象者 援助職
対象に関する補足 株式会社アクティード職員
参加前提 株式会社アクティード職員でテーマに興味がある方
定員 20人
概要 人生の最終段階おける自然経過
苦しむ人への援助と5つの課題
問合せ先 中嶋順子 0563-65-2209
参加人数 16人
参加者からのコメント ・本人の意思を聞きながら、痛み苦しみを少しでもおさえながら看取ってあげると私たちも心残りがないと思った。訴えはきちんと聞いてあげる。顔の表情が穏やかならそのまま様子を見る。とにかく「あわてない」と思いました。
・私は10代の頃大病を経験し死をとても近くに感じました。自分が死んでしまうと思った時、毎日怖くて苦しかったけど、一番支えになったのは毎日家族がお見舞いに来てくれたり、多くの友人が病院に来てくれたり、手紙をもらった事で、気持ちが楽になったことを思い出しました。苦しんでいる人には自分がこうしてあげたい、ではなく希望を聞き支える事が出来るように、答えられる苦しみには答えてあげたいと思います。
・11歳の時に祖父の看取りをしたとき、祖父は病気を治して孫(主に私)の成長を見守っていきたいとよく言っていました。その祖父は病院ではなく自宅にいたいと言っていたことを思い出しました。看取りの研修に参加できてよかったと思います。この研修で学んだことを活かせるように頑張りたいです。
・本人の希望を聞きながらそれをかなえられる様な看取りを無理なくしていきたい。最期の瞬間を見ることが出来なくてもそれまでの関わってきた時間を大事にしていきたいです。一人で抱え込まず、相談する(話を聴いてもらえる人)介護する側でもできれば関わってあげたいと思います。
・看取りはなかなか難しいことだと思いますね。私は一代とんで孫の嫁である私が祖母を看取りました。病院で5ヵ月、自宅で4年看ました。祖母は約4年5か月というものはほぼ植物人間に近い状態でしたので、私からの一方通行でしか話はできませんでしたが、耳が聞こえるのでかすかな表情で判断する毎日でした。涙をたまにこぼす事もありました。ただ話が出来る訳でもない、指一本動かすことも出来ない状態でした。でもこの状態になる前に2度寝込んでおりましたので、その時に「あんたに看てもらいたい」「この家からいきたい」と生遺言の様に言っていたので病院の先生と看護師さんに相談しながら家で看ることが出来ました。本人の願いは叶えたように思っています。ここまでという線の引けないのが介護だと思うので看てあげる方も悔いのないようにと思いますね。亡くなった後でも、ああしてあげれば、こうしてあげればと私はよく思い出していました。
・今回、看取りの経験はありますか?と問われました。実父、義父、大変お世話になった親戚のような方とおばを看取りました。いずれもみな病院(室)で最期の時を見守りました。もう10年近く過ぎましたがいまだに「こうすれば良かった⁉もっと○○してあげればよかったのかなとか退院させて家(自宅)で最期をむかえさせてあげればよかったかな⁉」等など後悔が残っています。ペットの犬、猫は家に居て看取れたけど、恐怖心が残ってしまいました。自分の最後の時はどうすることが一番良いのかなど大変むずかしいですがとても勉強になりました。
・元々自分自身が死の恐怖をなくしたくて大変興味深くお聞きしました。自分自身の死の恐怖というものは取り去ることはできませんでしたが、現在実家の父がまさにこのような苦しみを抱えており、大変勉強になりました。私としてはできる限り父のしたいように、日常を大切に日々をおくらせてあげたいと思っていますが、同居の家族の中には父の主張を受け入れられない者もおります。私は出た身なのででしゃばることはできませんが、父が今日も明日もそしてその時も同じように穏やかな気持ちで過ごせるように寄り添っていたいと思う講義でした。
・今まで看取りを十数名の利用者様経験してきて、最期をどのように過ごせたら幸せなのかと考えることは沢山ありますし、利用者様自身が感じるものなので幸せと感じられるようにこれからも頑張ります。最期は自宅が良いのか、病院や施設がいいのか聞いておくべきだと思いました。今回の研修にあたりグループワークもあったのでいろいろなスタッフの経験や考えが知れてすごく勉強になり、先生の話も聞けて勉強になることばかりでした。自分だったらこうしてくれるといいなと考えながら関わっていこうと思います。利用者様を深く知り、好きなものなどもみんなで周知し、幸せという気持ちになっていただくためにこれからも頑張ります。
・人生の最終段階に共通する自然経過は「生まれた赤ん坊に戻る」という説明を聞き、あらためてこれまでの看取りの振り返りをしてみると納得が出来た。誰もが迎える時で、そう考えると看取りは特別なことではなく、苦手意識もなくなってくる気がしました。今後さらに在宅での看取りが増える時代になり、私たち看護介護職の役割は増え、多彩になり、日々学ぶべきことも多くなると思います。ケアマネとしても、意思決定支援の場面に関わる機会も増えると思うので「関わる自身」が持てるよう、相手の”苦しみ”を知る努力、ゆだねられる人になれるように技術を磨いていきたいです。
・今回のテーマで自分の体験した3回の死を思い出しました。1つはいとこの自殺、2つはおじの自殺未遂、3つは1年前に親戚のおばの自殺です。特に1年前のおばは家族に迷惑をかけたくないからという理由でした。1年に1回会うほどでしたが、悩んでいるようにみえなかったので驚いたのを覚えています。今回のテーマは重く、しかしグループワークなどを行い、様々な考え方を学ぶことが出来ました。数年前は看取り病棟で働いていたのでその時のことも思い出しました。昔を振り返るきっかけにもなりました。
・誰もが迎える最期、利用者様一人一人がどう過ごしたいのか、家族の希望は?普段からよく観察、傾聴し、家族や他職種と連携する必要がある。その際今日学んだ看取り気の経過を参考にしたい。自然な経過であることも理解し、無理な対応をせず注意しながら見守ることも大切である。
・この研修を受けさせてもらって思ったことは、亡くなってしまう方に対して今までは「かわいそう…」と思ってしまっていたが、周りの人たちがそのように思ってしまうと故人にもその思いが伝わってしまうのかなぁと感じたので、最期まで耳は聞こえていると学んだので、その方の楽しかった想い出や笑顔になれる声かけをしようと思いました。その為にはその方を知ることが一番大事と感じたので、利用者様一人一人に対してコミュニケーションを取り、信頼関係を築くことが大切だと思いました。そうすればいざ最終期を迎えた時に、「この方はこんな話をしていた時、一番笑顔だったな」や「この方はこの食べ物が好きだった」と対応する事ができ、少しでも良い看取りに関わることがなと感じました。
・介護事業で身近な「死」について、現場での対応や実践的な取り組みについて、初歩的ではありましたが学ぶことが出来ました。認知症をはじめとした居宅での介護が難しい高齢者のご家族を中心に、介護事業所に対する介護、その後の「看取り」までという業務ニーズは今後ますます増加、また重要視され、多死時代を迎える2025年、2040年代までに医療機関と同時に、介護施設内での通常業務と化していくように思えました。死、という現象については、頭では理解していても、意識的に考えから遠ざけようとする心理が働くことがあり、学問以上に介護現場での実践に向けては、今回の初歩的な学びから、利用者とスタッフ、利用者とご家族との関係性の学び、傾聴や共感的理解、そして、そもそも「死」とは何か、「死の受容(利用者・ご家族・視線するスタッフ)」へのプロセスの図解など、今後もある程度、細分化した中で学びを深めていきたいと思いました。

Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ