3月2日(土)・3日(日)、名古屋でエンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座を開催いたしました。当日は79名の皆さまにご参加いただきました(2日間の受講者、eラーニング+2日目集合研修の受講者、ファシリテーター候補者枠の方を含む)。開催にあたり、運営をご支援くださった地域学習会ファシリテーターならびにファシリテーター候補者のみなさまに心より御礼申し上げます。
職種の内訳は、看護師61%、介護支援専門員14%、医師7%、リハビリテーション職4%、介護職4%、その他10%でした。その他職種には保健師、薬剤師、歯科衛生士、心理職、事務職、相談員、学生など多彩な方々にご参加いただきました。
地域別では開催地の愛知および三重、岐阜などの近県からのご参加が目立つ一方、富山や福岡など遠方からのご参加者もいらっしゃいました。
協会理事であり、横浜で在宅診療を行うめぐみ在宅クリニック院長の小澤 竹俊が、2日間の講師を務めました。
2日間の講座では、以下の要素を学びます。
ただ受け身で聞くのではなく、ロールプレイや事例検討のためのグループワーク、学んだことの振り返りなど、ほとんど休む間もなく、口と手をたくさん動かしていただきました。
終了後、約半数の方が懇親会にご参加くださいました。
受講後、職場に戻って実践していらっしゃるみなさまの声をお聴きしました。
米本可奈さま、介護職
住宅型有料老人ホームさわやかの丘(愛知県)
看取りの段階にある入居者のケアにあたる時、介護士としていつも「これで良いのか?」と動揺して立ち止まってきました。
「話しても話しても、言葉の表現と自分自身の気持ちの不一致を感じて、結局、誰も、何も救われない」「まるで下りのエスカレーターをひたすら登るような疲労感」を感じて途方に暮れて居ました。したがって終末期を迎える入居者が現れると、内心とても気が重かったのです。余命わずかの方の「死」というゴールから逆算して残された時間を、いかに穏やかに迎えてもらえば良いのか?どう支えていけば良いのか?正解は?その答えがどこにある?と求めていたら、ついにめでたくこの講座に辿り着きました。
グループワークも、苦しくて辛かったからこそ、力に変わるんだなというのが率直な感想です。「反復と沈黙」についても、本で読み知識として頭では理解したつもりでいたけれど、実際にやってみると、「沈黙」がとても怖かった自分を発見しました。何がそんなに怖かったのか?それは、正解や答えのない「問い」だったからなのだなと講座の最中に思い至りました。誰にも答えようのないスピリチュアルペインから出た相手の言葉(問い)の、あまりの「重さ」に震え上がっていた自分を私はワークの中で改めて発見しました。結局私はそれまで自分を守る為に取り繕って不本意な言葉を発していたのです。…もしもその「問い」に答えがあるとすれば、それは私達の中ではなく、相手の中にあるのだということもまた、私にとってはとても、とても深い学びでした。
自分にとっても相手にとっても雑音にしかならない「言葉」なんて要らないんだ!沈黙には、抗わずにその静けさの中で、相手の思いに耳を澄ませて待つだけで良いんだ!と知った事は、それまで散々要らぬ事を言って自己嫌悪していた私にとって、大きな救いでもありました。
講座を受講した今は、終末期のケアに関わる事は、心身ともに辛い事も多いけれど、死生観を耕される事でもあり、それによって自分自身も養われ、生きる支えをも受け取れるような経験になるのだろうと感じています。
良寛の「散る桜残る桜も散る桜」という言葉があります。
死について考えることは、良く生きる事を考えることと同義であるなら、
死の質を支える事は、残りの人生を生きる事を支える事でもあります。
私達介護職は、どちらかというと身体のことより心のことを話してもらえる関係を築きやすいと思います。こと終末期のケアでは、ご本人にもご家族にも、心のケアの方が重要になって来ると感じます。そして、毎日の関わりの中で私達介護職が得る様々な情報は、アセスメントの精度を上げるだけではなく、多職種と適切に情報をシェアして連携が図れれば、ケア全体の質を上げる力があることについてもっと自覚し、意欲的でありたいと思いました。
小澤先生曰く「職場で浮いてる存在」(笑)でも、この講座に参加する同じ志の仲間との出会いや繋がりは癒しや励み、力になります。まさに「誰かの支えになろうとする人こそ1番支えを必要としている」です。
受講を検討されている方はぜひ、一歩を踏み出して参加してください。きっとその後の人生もケアも変わります。
瀬古明恵さま、介護支援専門員
桑名医師会居宅介護支援事業者えがお(三重県)
私は、居宅介護支援事業所でケアマネージャーとして働いています。在宅で生活を送る要介護者やそのご家族と日々関わっております。
人生の最終段階といってもどの時点から最終段階なのか。特に疾患がなくとも、「早くお迎えが来ないか、もういつお迎えがきてもいい。」と言われ、人生の最終を意識しておられる高齢者の方と関わることがあります。こうした方々とどう関わっていけばよいか学びたいと思い、養成講座に参加させていただきました。
養成講座に参加して、繰り返し覚えた「苦しんでいる人は自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい、どんな私であれば苦しむ相手から見てわかってくれる人になれるか、それは聴いてくれる私。」というフレーズがとても心に響きました。このフレーズは、どの利用者や家族にも当てはまるように感じました。関わる利用者やその家族が日々穏やかに過ごせるように、聴ける私になりたいと思いました。
養成講座では、援助的コミュニケーションを実践的に学ぶことが出来ました。現場では、反復や沈黙、問いかけなど、意識してコミュニケーションを取るように心がけています。支えとなるものは何か、穏やかに過ごせるようなものは何か、どうしたら聴ける私になれるか、日々の利用者や家族との関わりの中で学び続けています。
まだまだ、「関わる自信」は持てませんが、これからも関わり続けたいと思います。
大川恵美さま、看護師
地方独立行政法人 三重県立総合医療センター(三重県)
私が養成講座を受講しようと思ったのは、患者・家族・多職種からの相談において自分自身の実践力を高めたいと思ったからです。看護学校時代の親友がすでに講座を受講しており、援助的コミュニケーションが仕事だけでなく、対人支援において非常にためになると言っていたことが印象に残っており、ぜひ参加したいと申し込みました。
私が務めている病院は地域中核病院で高度急性期医療を柱とし災害医療やがん治療、周産期医療など多様な役割があります。在院日数も年々短くなってきている中で、入院前からの退院支援、入院したと同時に退院支援がスタートするため、患者・家族の思いを知って、退院支援につなげていくことの重要性や難しさを感じています。
養成講座の2日間で、講義とロールプレイングとグループワークを繰り返すことで、「傾聴」「沈黙」「問いかけ」の援助的コミュニケーションの実践力を高めることができました。
現場では「相手の顔が穏やか」になることを目標に実践していますが、「傾聴」までは順調でも「沈黙」が難しく、「傾聴」から「問いかけ」に転じるタイミングが対象者個々に難しいと感じます。それでも2日間の学びを実践していくことが大切であると日々奮闘しています。
都築裕子さま、看護師
医療法人社団以心会 中野胃腸病院(愛知県)
一般病棟で業務を行いながら、院内の緩和ケアチームメンバーとして活動している看護師です。日々、看護を行う中で、患者様やご家族への対応で悩むと同時に、スタッフへACPやエンドオブライフケアの知識を伝えることや、実際に実践していくことの難しさを感じていました。そんな時、小澤先生の著書「死を前にした人に あなたは何ができますか」と出会い、エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座を知り、この講座を受講することで、私の悩みの答えが見えるのではと思い、受講しました。
基礎講座を受講し、「苦しみを抱えながらも、その人が穏やかになれる条件を探し続ける」、「相手にとって分かってくれる人になる」という言葉に衝撃を受けました。緩和ケアチームとして活動している私は、患者様やご家族、スタッフにとって「分かってくれる人」になることができているだろうか、一般病棟で人生の最終段階の方の看護を行う中で、医療者主体の関わりになってしまってはいないだろうか、その人が穏やかになれる条件を探すことを諦めてしまってはいないだろうか、と自分に問いかける良い機会になりました。
受講後は、一般病棟の忙しさに言い訳をせず、「反復」「沈黙」「問いかけ」を実践し、少しずつですが、患者様やご家族と正面から向き合うことができるようになっています。今後はどのスタッフでも、患者様やご家族の「分かってくれる人」になれるような援助的コミュニケーションができるように、自分が得た知識や技術を広めていきたいと思います。
この講座には、熱い思いを持った方が多く参加しています。同じ志を持った仲間と出会い、受講後も関わりを深めることができ、「1人じゃない」と思える、とても素敵な講座だと思います。
東海地区には継続学習の場としてELC東海がありますが、東海をベースとしながら、愛知、三重、岐阜と、各地でも学習会が広がりつつあります。
協会としては2日間の講座を提供して終わりではなく、受講した方がさらに理解を深め、実践し、振り返り、自らと周囲を進化させていく、そんなお手伝いができたらと願っております。
次回は、3月16日(土)-17日(日)、大阪開催をレポートいたします。
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