沖縄県立中部病院
呼吸器内科、地域ケア科
医師 長野宏昭さま(沖縄県)
当院ではコロナウイルスの重症患者を積極的に受け入れ、治療にあたりました。当院の集中治療室(ICU)はすべてコロナウイルスの患者の治療のために改造され、ゾーニングなどの徹底した感染対策を行いながら患者の治療にあたっていました。
コロナ患者の治療、ケアは全ての職員が初めての体験で毎日が試行錯誤の連続でした。不幸にも病状が悪化し、ICUでお看取りを迎える患者さんがおられました。通常ならばプライバシーが配慮された部屋へ移動し、ご家族との触れ合い、対話の時間をできる限り取るようにしております。患者さんが亡くなられたのちも、ご遺体に触れていただき、一緒にお化粧をしたりすることが家族にとって重要なグリーフケアとなっています。
今回のコロナウイルスの感染症では、家族は患者への面会も許可されず、亡くなったのちもご遺体に触れることは許可されていませんでした。患者、家族にとっては、病気と闘う以上に、孤独感、力になれないことへの無力感、絶望、苦しみが強い状況だったと推測されます。
また、コロナウイルスの感染拡大に伴い、病院で働く職員(医師、看護師、コメディカル、事務職など)の疲労、ストレスの蓄積が懸念されています。コロナ患者だけでなく、社会全体で「苦しみ」が増していると感じました。
病院職員から挙がってくる声は非常に悲痛なものがありました。健常者の苦しみは周りから見えないことが多く、皆、苦しみを内に秘めながら誰にも言えずにいると感じました。
また、病院の外に目を向けると、職を失った運転手、コンサートの機会を失った音楽家、廃業に追い込まれた飲食店など、コロナウイルス感染とは直接関係ないところでも大きな苦しみを抱え、途方にくれる人々を目の当たりにしました。
私は「今、平和を満喫しながらELC学習会を開いている場合ではない。でも、今の私に何ができるのだろうか?」と思い悩む日々でした。
①家族と面会できない患者への支援
患者と会えないことで家族にも深い悲しみが生まれると感じた医療スタッフは毎日、重症患者の家族に電話で病状を報告しておりました。そして、患者と面会できない家族の悲しみに触れ、少しでも患者と家族の繋がりを支援するためにiPadによる通話を導入しました。家族が希望すれば患者の近くにiPadを置き、顔を見ながら会話をしてもらうようにセッティングを行いました。孫の顔を見て笑顔になったり、意識がなくても和らいだ表情を見せたりする患者や家族の喜ぶ姿がそこにはありました。
私たちが付き添い、iPadで最期の別れの時間を持つことができた夫婦がいました。50年連れ添った夫は新型コロナウイルスに侵され重篤でした。妻は「苦しんでいる姿は見たくない」とテレビ電話を頑なに断っていました。私は「長年連れ添ったご主人が苦しんでいる姿を見るのは辛いですよね。ご主人は明日にも旅立たれるかもしれません。できれば、一言お願いできませんでしょうか?」と伝え、iPadを通じた会話を勧めました。妻はそれを受け入れ、意識がほとんどない夫に向けて涙を流しながら「お父さん、頑張ってね」と声を掛け続けていました。妻の声を聞いた夫(患者)も穏やかな表情を浮かべてらっしゃいました。
新型コロナウイルス患者は、亡くなった後も遺族が遺体に触れることや、遺体と過ごす時間が取れません。家族のグリーフケアとして、遺体と過ごして家族に十分悲しんでもらう時間が大事だと考えておりますが、この病気の場合にはそれが難しいのです。家族の深い悲しみが残る可能性があります。そのケアを今後、誰が、どのように行うかも課題かもしれません。
②病院職員へのサポート
医療現場はコロナ肺炎の影響で疲弊しつつあり、学習会を開きたくてもなかなか皆さんをお誘いするのが、気がひけるというか、申し訳ないような状況でした。「勉強会どころではない、1日を生きるのが精一杯」という雰囲気でした。
現場で苦しむ人の力になりたくてもなれない自分の無力感に落ち込みました。私自身も現場にいるので、彼らのリアルな苦しみを見ているので余計に・・・
私は考えた末にあることを思いつきました。たとえ、「ELC沖縄」「いのちの授業」という形でなくとも、ELCで学んだ技術、知識を活かして解決できない苦しみを抱えた人たちに関わってゆければと・・・
私が発起人となり、精神科医、公認心理士、産業保健師、事務職の方を構成員とし、病院の管理職の方の承諾を得て、病院職員の心のケアを目的とした「メンタルサポートチーム(MST)」を立ち上げました。
COVID-19 対応医療従事者向けのメンタルヘルスチェックシートを用いてスクリーニング検査を行い、苦しみが強い職員に対して、個別に面談を行い、苦しみを共有してゆけたらと考えています。ここで「援助的コミュニケーション」を用いてお話が聴ければと考えております。
精神科的介入が必要な方は適宜、専門医へ紹介し、制度の利用などによって解決可能な苦しみの場合にはしかるべき専門家へコンタクトを取ります。
承諾が得られた方にはフォローアップを行い、私たちとの面談によってどのように気持ち、考えかた、行動が変わったのか分析してゆきたいと思います。
③学習会の再開、継続
コロナ患者が押し寄せていた時は、とても学習会どころではありませんでしたが、流行が少し鎮静化してきたため、沖縄でも学習会、いのちの授業を再開する声が出てきました。コロナ危機という、苦しみの多い時代だからこそ、援助を言葉にできる担い手を育てて行く必要性を感じていました。
沖縄ELCではステイホーム期間中、ファシリテーターを中心としたコアメンバーがZoomを使ったミーティングを重ねながら地域の苦しみや、学習会のニーズについて調査を行いました。
そして、5月24日に全国に先駆けて、オンラインによる「いのちの授業」を行いました。また、8月からは対面での学習会の再開も準備中です。今までとは違って、時間を短縮し、ロールプレイの時間もとりつつ、参加者からの「助けて」の声も聴けるような双方向性のやりとりができる会を目指しています。
ELC協会の活動は、今のコロナ社会に合わせて、誰に届けるべきか、どのような伝え方が良いのかを模索して行く時期になっているところだと思います。
今後は、大勢の人数が集まっての学習会はややハードルが高くなるかもしれません。しかし、コロナでココロが折れないレジリエントな沖縄を創るためにも、援助の灯火は消してはならないと思います。北風が吹きすさぶ嵐に耐え抜いた時、温かな太陽の日差しが私たちを照らしてくれるその日を夢見て・・・仲間を信じて走ってゆきたいと思います。
私の支えは、大切な家族、私の思いを共感してくれる友達、ELCの仲間、音楽で語り合うことのできる演奏家たち、ダイビングのバディなどです。
昨年、残念ながら私の母親が亡くなってしまいました。天真爛漫だった母親はいつも天国から私のことを見守ってくれているような気がします。
様々な支えのおかげで、今の私があります。
たとえ、学習会が開けなくても、Zoomが使いこなせなくとも、目の前にいる困難に直面した人々のことを心配し、気遣うことはできるはずです。
「反復」「沈黙」を用いた援助的コミュニケーションを使いながら、「わかってくれる人」とのつながりを今こそ作ってゆく時だと思います。
You raise me up - Secret Garden - (2002)
sing performance by Celtic women
When I am down and, oh my soul, so weary
When troubles come and my heart burdened be
とても気が滅入って 心身ともに疲れ果て
苦境に出遭って心が折れそうになる
Then, I am still and wait here in the silence
Until you come and sit awhile with me
そんな時でも
静けさの中で待つよ
君が来てここに座ってくれるのをね
You raise me up, so I can stand on mountains
You raise me up, to walk on stormy seas
貴方は私に勇気をくれる
だから私は山頂にだってたてるんだ
君はこの背中を押してくれる
この荒波を越えれる様にとね
I am strong, when I am on your shoulders
You raise me up to more than I can be
僕は強くなれるよ その支えがある限り
君は僕を励ましてくれる
僕が思っている以上にね
こちらからご参照ください。
© End-of-Life Care Association of Japan