緩和ケアの公衆衛生的アプローチを意図し、2年に一度、世界各地で開催されている、Public Health Palliative Care International Conference に参加して参りましたのでご報告いたします。
※日本におけるコンパッション都市・コミュニティの動きについては、こちらのコラムをご参照ください。
2024年10月22日~25日
スイス・ベルン
Public Health Palliative Care International (PHPCI)Conferenceは、実践者、研究者、市民、政策関係者等が一堂に会し、公衆衛生アプローチを緩和ケアに組み込むための知見と実践を深める場です。深刻な病気、介護、死、喪失、悲嘆といったテーマは、これまで以上に、すべての社会における緊急の課題となっています。エンドオブライフ・ケアの需要増加や、ケアへのアクセス格差、限られた専門職のリソースという現状に鑑み、従来の医療や社会サービスを超え、地域社会が重要な役割を担うことが期待されており、研究・実践・アドボカシーが一体となった社会変革が不可欠です。
このカンファレンスでは、医療専門職によるケアだけでなく、地域社会による、重篤な病気、死や死にゆくこと、喪失に関わる支え合いの重要性が強調されています。Compassionate Communities(コンパッション・コミュニティ)の構築やエンドオブライフ・ケアへの公平性、デス・エデュケーション、政策や啓発活動などが主要テーマとして取り上げられ、地域社会による持続可能なモデルの設計・実践が重視されています。
コンパッション都市となったスイスの首都ベルンにて開催され、50か国以上の研究者、実践者、市民、政策関係者が集いました。
大会テーマは、「Building Bridges:架け橋を築く」。専門職の枠を超え、公衆衛生と緩和ケアの先進的な知見を共有し、各コミュニティが協力して新しい未来の基盤を築くことを目的としています。エンドオブライフにおける互いのつながり方や、支援的で思いやりのあるコミュニティ(supportive and compassionate communities)をどのように作ることができるかについて、それぞれの文化や社会状況に応じた数多くの取り組みやプロジェクトが紹介されていました。
各セッションでは、死や喪失に関わるリテラシー向上や、コンパッション・コミュニティを形成し育成するための具体的な事例などが共有され、地域社会と連携した緩和ケアの新しいアプローチや政策的支援の必要性が強調されました。
ベルンの旧市街は世界遺産に登録されており、中世の面影を残した美しい建築物と石畳の街並みが広がります。その景観に溶け込む複数の建物が会場となっており、セッションごとに建物を歩いて巡ります。開会式は、ベルン市立劇場にて、チェロ四重奏による「オペラ座の怪人」の演奏とともに始まりました。
ベルン市長の挨拶では、「避けられがちな死や喪失、エンドオブライフ・ケアに正面から向き合う必要性」が語られました。ベルンは2020年に「ベルン憲章」を掲げ、地域としてエンドオブライフに関わる包括的な支援体制の構築に取り組んできました。今年はその実践の年であり、実行委員会のメンバーが街の誇らしい姿勢を語る姿が印象的でした。
例:Connections – from compassion to self-compassion to clinical care
例:Creating public education
例:Building on evidence, experiences, and mutual reflections to develop Compassionate Schools: a practical workshop
社会の周縁に取り残された人たちへの緩和ケアとして、カナダ・ビクトリア大学の研究チームが主導するホームレスの方々とのアクションリサーチについての報告に参加しました。社会的孤立・社会的不公正な状況に置かれた人々にとっての「よい死」の概念や緩和ケアのあり方、前提として信頼関係の構築が重要とされました。カナダ全土で多くの研究者が参加した共同研究であったことにも触れられ、こうした国際会議の場が、新たなつながりづくりの場となっていることも示唆されました。連携した研究者に賛辞が送られたのですが、そのうち現地参加数が20名は超えていました。他のセッションタイトルにもmeasure, evaluate, researchといった言葉が並び、研究への注力が伺えました。
コンパッションコミュニティをこれから始めたい人、始めた経験を振り返りこれからに活かしたい人などが、お互いの経験から学ぶワークショップに参加しました。世界で最初のコンパッションコミュニティとなったインド・ケララ州でプロジェクトをリードする、Institute of Palliative MedicineのSaifさんがファシリテートするなか、彼からもその経験がシェアされました。どんなメッセージで、誰に・誰と・誰から(支援を得て)、何を提供するのか。彼らが経験を通して学んだことは、コミュニティに取り組んでほしいことのためのスキルを教育するのではなく、ライフスキルとしての緩和ケアを3日間の教育プログラムとして提供することで、コミュニティの方々自身がそれぞれのニーズを踏まえて活動するようになり、持続的に広がっているとのこと(その後の別セッションで、コロナ禍でグリーフケアに関わるプログラムが住民の手により立ち上がった経験を話してくださいました)。20名ほどの参加者のうち、半数近くが医師や看護師であり、最初の一手を模索している姿が伺えました。
日本のコンパッション・コミュニティの動きについて、コンパッション都市の監訳者のおひとりであり、静岡大学教授、静岡県松崎町まちづくりアドバイザーの竹ノ内さんや、宮城県穂波の郷のソーシャルワーカー大石さん、佐賀県ひらまつ在宅クリニック院長の鐘ヶ江さん、CCUK(Compassionate Communities UK)にてコミュニティ形成担当理事のエマ・ホッジスさんが登壇され、日本各地での取り組みや連携の重要性が語られました。
松崎町は、コンパッションタウン「困難な課題を分かち合い、お互いに助け合うまち」を町の第6次総合計画として掲げ、町長もコミットしてされています。
会場からは「活動の一番の功績」や「コンパッションという用語を松崎町の政策に入れた理由」など多くの質問が寄せられ、活発な議論が行われました。コンパッション都市・コミュニティ提唱者のアラン・ケレハーさんからも補足説明があり、関心が高まりました。また、香港やケニアからの参加者など、日本の動きを今後もぜひ学びたいとのお声がありました。
大会前半と後半でおよそ50件ずつの掲示を入れ替える形式で、エンドオブライフ・ケア協会は後半2日間の掲示指定がありました。「Compassionate Communities for All, from Children to the Elderly throughout Japan」というテーマで、エンドオブライフ・ケア協会の10年間の活動の変遷を3つのフェーズで紹介しました(人生の最終段階で尊厳を守るための教育から始まり、学習を軸とした草の根コミュニティの全国への広がり、そして子どもを中心とした市民育成へと発展するプロセス)。昼休みを使ったポスターウォークでは、限られた時間の中で、活動の意義と成果を1-2分の「お土産メッセージ」に凝縮して伝えることが直前に案内されました。特に「子どもを含めて誰もが担い手になり得る」というメッセージを伝えました。
「Engaging with Children and Young Adults」というセッションにおいて、5つの演題のうちの1つとして「Lessons of Life for School Children: What We can do to Increase Compassionate Individuals and Communities」と題して発表しました。
子どもと若者を対象にした学校への出前授業を中心とした取り組みを紹介しました。死や死にゆくことそのものを子どもに伝えるわけではないが、結果として、自らの消えてしまいたい想いや存在を否定するような声が聞こえてきています。しかし、それは必ずしも悪いこととは考えておらず、自らの苦しみを見つめるからこそ自分の支えに気づいたときに、今度は自分の番だ、と互恵的な循環が生まれ、最年少10歳を含む学生の講師が生まれていること。誰もが担い手になり得るのだということ。子どもたちによるCompassionate Communities構築の可能性をお話しました。
以下のような質問が寄せられ、興味の高さを感じました。
・対象にはどのようにリーチしたのか?
・活動の財源はどうしているのか?
・子どもの参加意欲はどうか?最初から前のめりか?
・親をどう巻き込んでいるか?
・さらに広げていく大事なテーマだと思うが、広げるうえでマニュアルのような基盤となるものがあるか?
特に、活動そのものに加えて、プレゼンテーションに心を動かされたというお声や、今後の連携のお申し出をいただいたことは大きな励みとなりました。全国各地で活動する仲間の支援により発表の場を得られたこと、そして活動の一つひとつの裏側にある物語に思いを馳せながら発信する意義を再確認しました。
同じセッションでは、他国の取り組みとして、スウェーデンで行われたコロナ禍で子どもたちの描いた絵を分析する取り組み、オランダの大学で学生や教員に死やグリーフやケアギビングに関わるインタビューを通じたアクションリサーチ、カナダで行われた病気や緩和ケアを通して得られたナラティブなデータを美大生がアートとして生成する過程での学び、北アイルランドにおける小中学校教員へのグリーフケア教育が紹介されました。どれも非常に興味深く、今後の展開に向けた財源や対象へのアクセスの課題など学び合いました。
PHPCI 2024は、大会テーマである「Building Bridges」に相応しく、学びと新たなネットワーキングの場となり、エンドオブライフ・ケア協会として今後の活動に向けて動き始めています。次回は2年後に台湾での開催予定とのこと。今年日本からは、二の坂クリニックのみなさまを含め10名ほどのご参加がありましたが、さらに多くの方が日本から参加することが期待されます。大会を通じて得た知見をもとに、国内外の様々な関係者と連携しながら、日本におけるCompassionate Communitiesのさらなる広がりにも貢献していきたいと考えております。
© End-of-Life Care Association of Japan