ELC東海 地域学習会

オーガナイザー 岡久美子
認定ELCファシリテーター 伊藤剛、兼松富美子
開催年月日 2023年01月20日(金)
時間 19:30〜21:00 (正味時間:01:30)
開催地 オンライン
会場名 オンライン
対象者 市民、援助職
対象に関する補足 援助者養成基礎講座を受講済みの方
参加前提 テーマに関心をお持ちの方
定員 30人
概要 1、朗読会  『死を前にした人に あなたは何ができますか?』
2、事例検討 どのように支えを強めるか みんなで考えてみませんか
問合せ先 ELC東海事務局  elctokai@gmail.com
参加人数 23人
参加者からのコメント ▶事例検討後の意見共有では・・・
1G:・孫と一緒に寝る様子があったとのこと。これは祖母としての役割に入るのではないか。また、孫と一緒に寝てぬくもりを感じることができ穏やかになれたのではないか。
・身内を亡くした際、一緒に寝るなど寄り添った思い出がある
・娘や孫へのラブレターを作成してみてはどうか・・・ディグニティーセラピー
2G::・何もしてほしくない、死にたいとおっしゃっていたが、生きたいという思いが強い方だったと感じた。この方が、穏やかになっていただく、また、うれしくなる楽しくなることはなんでしょうかということから考えた。
・すべて拒否だったが、医師が、本人の意思を尊重し、生きたいという気持ちを尊重しながら介入したことで、聴いてくれる人だと感じられたと思う。
・孫とコミュニケーションをとれる方法を提案
・胃ろうができないのはなぜか。
・食べることの楽しみ、お孫さんとの思い出の食べ物、好きなもの、お母さんとの思い出の食べ物をみんなでお母さんを囲んで食べる。
・ケアマネがもっと早く入れたらよかった
3G:・孫に一緒に住んでもらったら・・・
・写真を飾ってもらおう。孫にたびたび来てもらえたらいいと感じた。
・一人で受診されていたのでは無いかな。責任感が強く、一人で頑張ってこられたのではないかな。
・コロナとALSどっちをとるのか。4か月間どうして受診できなかったか
・胃ろう造設が難しいという医師の判断があり、その説明のされ方について、医療者との関係性がよくなかったのではないか。どうしたらよかったのだろう。医療者と患者の意識の格差。医療者への不信感がそのままであったのであれば辛さを感じる。医師からの説明がもっとあればよかった。説明された医師が、うまく共通認識となっていなかったことを認識して再度説明してもらう。またはどなたが代弁者となりサポートできることがあればよかった。納得いかない気持ちを少しでも穏やかにして差し上げることができればよかった。
4G:・もう少し高カロリーのものを食べられるように、ご本人が笑顔になれるためには提案としてはどうなのかなという問いから話を始めた。
・ただ単に提案だと笑顔にはなれないかもしれない。死にたいと言っているけど進行を遅らせる点滴を受け入れることができたり、孫の成長を見守りたい…ハリ治療までされていたし、生きたいという希望と現実の開きがあったのでは。少しでも進行を防ぐために、栄養を取るという提案があってもいいかということを受け入れてくれたかもしれない。
・孫の成長、お母さんとして、妻として、役割、将来の夢、お話ができる状況ではなかったが、コミュニケーションツールにて本人の意思の確認。またはご主人からなれそめを聞いたり、娘さんに、お母さんってどんな人?孫から近況報告をしてもらったり・・・。役割を失わずに、自分の役割を感じていただけたのではないか。
・医師が入ってもらい、看護師が入ってもらえたところも本人の支えになれたのではないか。
など、皆さんの事例検討を共有しました。

その後、事例提供者 ファシリテーター伊藤さんに、
▶事例背景説明とともに皆さんからの質問を受けていただきました。
・どうして胃ろうが造設できなかったのか
→処置の薬や 内視鏡の負担などを考慮されたかと思う
・ALSの患者さんで進行が進んでない患者さんであったが、今のうちに義歯の作成をと進めたが、いまいち病識がないようで、治療について積極的ではなかった。自分のことを呑み込めないままに、ここまで来てしまっているのではないか。受け入れや理解が難しい傾向があるのか?
→ALSは3タイプあり、予後の長さがそれぞれ違う。今回のケースは球麻痺型であったので予後が短い。義歯の装着はやせの問題があると思われる。安定期のALSの患者も診ているが、何を食べたか、何でむせやすいかを確認している。内科の先生がどのように経口摂取について情報提供するかによって、歯科の先生とのやりとりも変わってくるのではないか。ALSだからといって特段病識が乏しいなどということはない印象。どれだけ普段食べることの話題が、医者や看護職、ヘルパーが話題を持っていけるのかがカギになってくるのではなか。
・神経難病の方、早い段階で、どうする? どこまで医師と話ができているか。という話題を周囲からしている。対医師ではないときに、意思を確認するということをしている。
・すべてのことがそうだが、自分自身がんになったが、なったからといってわかっているわけではない、人によって全く違うということは分かった。病識は案外ある。ないことはない。わかっている。自分の体だから。自分自身、すごく主治医は好きで信頼している、とてもいい先生、でも先生より、自分の体は自分がわかる。だから自分は伝えないといけない。自分はヘルパーであり専門職なので、病識がないという言葉は使うが、ないかもしれないが、本人は分かっていると思う。本人が選ぶことを、「病識がないから〇〇だよね」という風に誘導することに違和感を覚える。自分が医療職じゃないからかもしれない。聴いてくれてわかってくれたら、この人も、先生が一生懸命聴いてくれて、本当はあきらめたくないから、色んな治療を提案してほしかったと思う。自由診療までやった方だから。でも先生が聴いてくれて、点滴を打ってくれたから心を許したと私は思った。分かってくれる人になってくれて、治療を選ばしてくれた。だからこそ、この人は色々受け入れたのかなと思った。私が経験した現場で一番沈黙が長かったのはALSの人で、2分以上待ちました。医師に、早く手術して、呼吸器つけなかったら間に合わないよ。1か月後だったら無理だよと言われて、選ぶことができない、と言われて帰宅された。みんな勧めもしないし、とめもしないし、本人は迷っていた。自分が「ねえ」と言ったら、本人が「そやねん、なんか、ぴんとけえへんのや、進むのが早いのは分かってるけど、今なのか、しなくてもいいような気がするし、自分にはわからんのや」というのを2分待った後に言ってくれた。わからないということがわかった。自分で選ばれへん ということが分かった。だから答えられなかったのだねということになった。2分待ったから聴けた。それは聴けて良かったなと思ったので、医療の人には伝えました。聴かないと分からなし、選べないということも答えなので、それで悩んでできなかったのではなく、実はそのあと、先生の期限は過ぎていたが、呼吸器をつけた。そのかたも進行が急激だった。あれよあれよと進むのでわからなかったということもあった。分かってくれる人になってくれたから、つながっていけたのかなと感じました。
→病識のある、なしは医療者が患者のことを判断する表現であり、小澤先生の基礎講座の中で、相手のことをどれだけ思っても100パーセント理解することはできない。それが前提なので、実は、病識がある・なしは判断できない。だったらその人のことを100パーセント理解することはできないわけだから。あってもなくても、その人の支援については、苦しんでいる人は分かってくれる人がいるとうれしい これが原理原則だと思う。その人が穏やかになれる援助をいろんな職種の人と作れると、あったかい援助ができるのではないかなと思っています。
・一番大事なことは、とにかくご本人に「聴く」 反復・沈黙・問いかけを使って「聴く」そしてその人の中にある「支え」に気づいていただくということだよね。いつもファシリテーターで確認しています。本人の気持ちはわからないので、とにかく「聴く」ということが大事だと思いました。

Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ