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コラム56:「自分なんかもういい!」なんて言わないで、しなやかに生きる力を


船橋市立習志野台第二小学校 スクールカウンセラー
小松良子さま(ELC第61回生)

 我が家の庭のあちこちにビオラの花が咲いている。前年のタネが落ちて春に芽を出すが、もう5年繰り返されている。自分の場所に安堵したかのようにたくましくそれぞれの育ちをしています。「いのちの学習」を通して、子供達から青年、成人、老年、そして最期を迎える時まで、それぞれの場所で、ビオラのように安心して穏やかに過ごせるような環境づくりとしなやかに生きる力をはぐくみたいと思います。

 私の「いのちの学習」の原点は、小学校6年生M子との出会いでした。
 M子は学級でいじめられていました。その学級には強い男児を中心にしたいじめの構造ができていました。M子は、業間休みの度に保健室にやって来て少しのおしゃべりと休息をとり、チャイムが鳴るや「行きたくない」などと一言も言わずに教室に戻っていきました。この底力は何から生まれるのだろうと思うに、それはご両親の支えでした。当時担任にも管理職にも相談しても解決に向かわずご両親もたいそう苦しまれたことと思います。保健室で、またご家庭に伺い親御さんとよくお話ししました。ご両親の不安と勇気と深い愛情にしばしば心打たれました。

  一人の子の存在を否定し続ける子供達に対して、「誰もが一人の人として尊重され生活する」ことをどのようにして伝えようか、苦しむM子の側にいて切実に考え始めました。個々の子供の自尊感情を高めることが人としての在りようやよりよく生きようとする気持ちを育てることに繋がるのではないか、そのためには誕生から死までのいろいろないのちに触れたり考えたりすることで、自分も友達も大切に思う関係を育むことができるのではないかと考えました。現状を劇的に変えることはできないけれども、友だちから認められる機会が多くなり、自分で自分を肯定的に評価する機会が増えれば自尊感情を高めることができると考えました。

  そこで次年度6年生対象に総合的な学習の時間「いのちの学習」を実施しました。今までの自分史とこれからの自分史を作ったり、妊婦さんや校医さんなど地域の方々の話を聴いたり、乳幼児の施設やお年寄りの施設で働く体験をしたり、自分で興味のあるライフステージを調べて発表したりしていろいろないのちの在りようを深く考え実感できました。子供達が発表会のテーマに決めた言葉は「限りあるいのち 精一杯生きる」でした。

 子ども達のふり返りには「自分だけのいのちではなく家族みんなのいのちなんだと思うようになった」「自分をもっと大切にしようと思うようになった」「自分がやられる側になったときのことを考えるようになった」「おじいさんに優しく接し、よく会話をするようになった」「落ち込まずに前向きに生きていこうと思った」などとありました。

  次の小学校では、1〜6年各学年の発達段階に応じて、また各学年の教育課程に応じて担任の先生と共に「いのちの学習」の単元を創り実施しました。

 単元名は、1年生「いきものってなあに」2年生「明日へジャンプ」3年生「体たんけん隊」4年生「二分の一成人式」5年生「大人に近付く私たち」6年生「よりよく生きるために」です。学校職員が結集して、教育委員会の先生や保護者・地域の方々や商店街や施設の協力を得て「いのちの学習」を進めました。障害のある方の施設で共に働く体験をした子は、「(前略)はじめはびっくりしてドキドキしました。でも散歩をしたり話したりしていると楽しくなってきました。これからは同じ人間として生きていけるといいなと思います。」と感想を記していました。遅刻や無断欠席の子が多く「どうせ僕なんか」と荒れていた子どもたちでしたが、子ども同士、地域と子ども、子どもと保護者、学校職員と地域のかかわりが複層的に密になり、学校が認められ、子どもに自信を育むことができたと思います。


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