Column

  • コラム114:わたしを一歩前へ進めてくれた、ELCとの出会い

    • 死別後のつながり
    • リハビリテーション
    • いのちの授業
    • グリーフ

    ELCとの出会い  私は、訪問リハビリテーションで理学療法士として働いています。ELCとの出会いは、5年前。余命1ヶ月の癌末期患者さんの担当になったことでした。「余命1ヶ月…。私に何が出来るのだろう」と思い悩み、参考書を探しに書店に行きました。そのときに、小澤先生の『死を前にした人にあなたは何…

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  • コラム110:大切な人との別れ、新たな出会い、大切なものに気づいた私。そしてこれから・・・

    • 家族
    • ディグニティセラピー
    • 死別後のつながり
    • グリーフ

     私のエンドオブライフ・ケア協会との出会いは、大切な夫を亡くした頃でした。    生きる意味を見失い、もうどうでもいい、でも子供達のために生きなくちゃという使命感で必死に毎日を過ごしていました。    でも見える世界はモノクロで、笑い声やジョークが、私にとって不協和音にしか聞…

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  • コラム105:わが息子との別れが、導いてくれた学び

    • 家族
    • 穏やかな最期
    • 死別後のつながり
    • いのちの授業
    • 自宅

     息子に悪性脳腫瘍(膠芽腫)が見つかったのが、高校3年生の10月。開頭手術を終え、放射線治療が終わったのがクリスマス・イブでした。    その後、地元の大学に進学し、抗がん剤や治療のための手術を繰り返しながら、すてきな友達や部活動の先輩などと充実した大学生生活を送っていました。 …

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  • コラム100:援助的コミュニケーションを学び、自分の心を反復することで癒されたこと

    • 家族
    • 死別後のつながり
    • グリーフ

     悲劇のヒロイン…私は何年もこの状態から抜け出せなかった。二十歳の時、当時44歳の母が病で他界し、「なんで私にはお母さんがいないのだろう」…今思い返せば「なんで、なんで」の繰り返しだったのだろうと思う。  母が闘病している頃、私は県外の大学に通っており、一人暮らしをしていた。亡くなる少…

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  • コラム99:「よく生きて、よく死ぬ」を声にする第一歩として

    • 家族
    • 新型コロナウイルス
    • グリーフ
    • 死別後のつながり

     私は医療とは関係のない金融機関勤務で、40年目になります。そして一人の人間として、両親の死について、深い思い入れがあります。  私は小さい頃から母がこの世からいなくなってしまうことが、常に最大の恐怖でした。もう25年も前になりますが、母はガンの発覚から一年半の闘病後、69歳で亡くなりました。…

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  • コラム92:母の介護を通して学んだこと、気づいたこと

    • 家族
    • 介護
    • 解決できない苦しみ
    • 死別後のつながり

     私は内科医ですが、現在、母校の医学教育に関係する部署に勤めています。どういう仕事をしているのか、よく質問されます。医学科のカリキュラムの構築や医学科4-6年生が参加する臨床実習に関する教育に携わり、各診療科や学外病院・実習生とのコーディネートを行っています。    昨年4月、同級生から…

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  • <始動します>

    • エンドオブライフ・ケア
    • 人材育成
    • 支える人の支え
    • 関わるすべての職種にできる援助
    • 医療と介護の連携
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    • 意思決定支援
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    • わかってくれる人がいるとうれしい
    • 解決できない苦しみ
    • 言葉にする
    • グリーフ
    • オンライン

     2月頃から続いていたコロナ騒動も、さすがに4ヶ月も経つと、新しい日常に変わりつつあります。この数年、毎週末は各地方で人材育成活動をしてきましたが、2月からは自粛しなくてはいけませんでした。  しかし、立ち止まるわけにはいきません。今まで以上に、それぞれの地域で苦しむ人は増えています。この3ヶ…

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  • <いつでも捜しているよ どっかに君の姿を…>

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    • 人材育成
    • 関わるすべての職種にできる援助
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    • グリーフ

     なぜ大切な人を失うと悲しくなるのでしょう?  まもなくお迎えが近くなり、意識も薄れていく中で、私たちは本人と家族にどのように声をかけるとよいでしょうか?  このような問いに、簡潔に答えることができるでしょうか?  私がこだわってきたことは、一部のエキスパートだけが行える援助ではなく、…

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  • <できない自分をこれでよい(Good Enough)と認めること>

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    • 自宅
    • 穏やかな最期
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    • 死別後のつながり
    • いのちの授業
    • 子ども

     4月23日は、私にとって忘れられない日です。2年前の今日4月23日午前3時19分、ご自宅で一人の患者さんの人生最期の診察を行いました。名前は、ペンネームでNanaさんと紹介します。Nanaさんの表情は、とても穏やかでした。それは、もう苦しむことも無く、人の迷惑をかけることもなく、限られた人生であっ…

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  • コラム28:支えること、支えられること

    • 支える人の支え
    • 家族
    • 死別後のつながり

    コラム28:支えること、支えられること 医療社団法人 大坪会 三軒茶屋第一病院薬剤科          薬局長 平島 明希枝さま(ELC第26回生)      私は大学卒業後、小澤先生の母校である東京慈恵会医科大学附属病院に入職し、結婚を機に退職、調剤薬局を経験し現職に至って…

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  • コラム27:エンドオブライフ・ケア協会と私の原点

    • 家族
    • 原点
    • 死別後のつながり

    一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会 事務局長 千田 恵子 ●健康で活動的な父が神経難病ALSに。 身体の自由は失っても、最期まで自分らしく生き、旅立ち、私の中で生き続ける    写真は2011年、父母と弟と私で、ホノルルマラソンに参加したときのものです。私と弟はフルマラソン…

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  • コラム20:人生最期の数ページに寄り添わせていただく者として何ができるのか

    • 家族
    • 緩和ケア
    • 死別後のつながり

     コラム20:  「人生最期の数ページに寄り添わせていただく者として何ができるのか」  一般財団法人光ヶ丘愛世会 光ヶ丘スペルマン病院   緩和ケア内科病棟看護師  浅野志保さま(ELC7回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士)  ①緩和ケア病棟におけるエンドオブライフ・ケ…

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