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コラム57:折れない心を育てるいのちの授業


エンドオブライフ・ケア協会 代表理事
小澤 竹俊

 私は人前で話をすることが苦手でした。少なくとも中学や高校の時には、クラスで手を挙げて自分の意見を言うことも、あるいは、球技大会や文化祭の実行委員などで全校生徒を前に話をすることも、できる限り避けていました。そのような私が、気づくと人前で話をするようになりました。

 きっかけは、山形で医療活動をして、健康診断の結果などをもとに公民館で健康教室として話をしました。普通に話をするとつまらないので、眠くならないように、いろいろな小ネタを考えるようになりました。病院の中にいて、病院に通院する人や入院する人だけではなく、病院から外に出て行って、健康増進の教育活動が大切と思っていました。

 その後31歳で、ホスピス病棟で働くようになりました。急性期の病棟や外来とは異なる人の温かさを学びました。そして、避けることのできないお別れであったとしても、本当に暖かないのちの大切さを学びました。そして、学んだことを社会に還元する役割があると感じました。そして2000年頃より、いのちの授業として学校に出かけるようになりました。

 誰も信じてくれないと思いますが、本当の私は、とても人前で話ができるような人物ではありません。しかし、現場で患者さん・家族との出会いから、どうしても伝えたい思いがわいてあふれ出てきます。気がつくと、本当に多くの学校でいのちの授業を行ってきました。そして、気がつくと、エンドオブライフ・ケア協会での活動につながり、今があります。

 活動しながら思っていたことがあります。私一人だけでは足りないということです。どうしても志を高く持つ仲間が必要です。そのような思いから、今から15年以上前のスライドには、「私には夢があります」というタイトルのスライドを作っていました。

 

私には夢があります。いつの日にか、地域で看取りに携わる人が、私の代わりに、この話を地域の学校に行き、伝える時代が来る夢が。

私には夢があります。いつの日には、この話を聴いた若い人たちが、苦しんでいる人のために働くときが来るという夢が。

私には夢があります。いつの日にか、どんな病気でも、どこに住んでいても、安心して最期を迎えることができる社会が来るという夢が。

 

 その夢の1つが形になります。エンドオブライフ・ケア協会で主催してきたいのちの授業プロジェクトが、具体的にスライド教材と映像として、認定講師に伝達できる準備が整いました。8月には第1回の研修会を横浜で開催します。

 


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