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コラム60:いのちの授業と私


訪問看護ステーションきりん
管理者 訪問看護師
中村マサ子さま
(ELC第39回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター)

 現在高校三年生の娘は、中学時代、教室に入れなくなり、特別室で過ごしていました。「お母さん、教室に入ろうとしたら具合が悪くなって体が震えて、頑張ったけどもう無理。こんな自分ではない、心配かけるから今まで言わなかった」

  私は何が起きたのか?わからず混乱するばかり。天真爛漫、怖いもの知らずのおてんばさんだった娘の、眠れない、吐き気との戦いに、自分の無力さから、混乱していく。何でもっと早く気づいてあげられなかったのか、悔やむばかり。時に言い争いになり、二人で泣きながら過ごす日々。子育ての反省と後悔の渦の中に巻き込まれ、自分を見失いそうになる。

  先日、横浜で「折れない心を育てる いのちの授業」の講師トレーニングを受けた後、娘に聞いてみた。「あの頃の事を思い出すのは辛い?」と聞くと「そんなことないよ」と話し始めてくれた。

『今となって思うとお母さんに悪かったなぁって思う。だってお母さんも含めて皆が自分の事をわかってくれない人ばかりだと思っていた。何でかって?それがあの頃の難しいところかなって思う….』

   改めて「わかってくれない人ばかり」の言葉に絶句した。私はわかってくれる人になっていなかった。そして当時娘が呟いた重要な言葉が思い出された。情けない、今頃になって。それは、「お姉ちゃんが生きていてくれたらよかったのに」と。

  生後5ヶ月で亡くなった長女を想い、お姉ちゃんならわかってくれるのに、と思ったのでしょう。あの頃に戻りたい涙が込み上げた。娘のメッセージを感じ取ることができなかった私。娘は孤独を感じていたのではないか。他の人には私と同じ想いをさせたくない。だから私は、親にも子どもにも、関わり方を伝えなければと願う。

 最近、「折れない心を育てる いのちの授業」の講師になるために練習していますが、先日身近にいてフィードバックしてくれる人たちを集めて、模擬授業を実施しました。


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