エンドオブライフ・ケア協会
小澤 竹俊
北海道知事は、2月28日に新型コロナウイルスの感染対策として、道民に「緊急事態宣言」を出しました。安倍総理も2月29日に国民に向けて、緊急記者会見を行い、「率直に申し上げて、政府の力だけでこの闘いに勝利を収めることはできません。最終的な終息に向けては、医療機関、御家庭、企業、自治体を始め、一人ひとりの国民の皆さんの御理解と御協力が欠かせません」と発表されました。これは有事です。
アルベール・カミュの小説「ペスト」から、不条理な今を生きるヒント その7として、今回は、「不条理な苦しみを抱えた人と関わり続ける」を取り上げます。
解決できる苦しみと関わることは、努力をすれば成果が得られます。しかし、不条理な苦しみは、どれほど心を込めて関わったとしても、残り続けます。力になれるから関わることができるのであれば、私たちは、相手を選んでしまうことでしょう。そして、力になれない人たちは、援助の対象とせずに、関わることを拒否してしまいます。あらためて問うことは、不条理な苦しみを抱えた人と関わり続けるためには、どんな私たちであれば良いのでしょう。
小説「ペスト」の魅力は、登場人物どうしの対話にあります。タルーという青年が、医師リウーのもとにやってきて、保健隊を新設することを提案します。医師リウーの思いが吐露される前半のハイライトの1つとして、二人の対話を紹介します。
医師リウー
「最も急を要することは、彼らをなおしてやることです。僕は自分としてできるだけ彼らを守ってやる、ただそれだけです」
「何ものに対して守るんです、それは?」問うてくるタルーに対してリウーは、心を打ち明けてみたいという、突然の不条理は欲望と戦っていました。
「全然わからない、それは。まったく、僕には全然わからない。僕が職業にはいったときには、ただ抽象的にそうしたんです、ある意味からいえば。つまり、その必要があったから、これも世間並みの1つの地位で、若い連中が考えるうちの1つだからというわけです。あるいはまた、それが僕のような労働者の息子には特別困難な道だったからかもしれません。そうして、やがて、死ぬところを見なければならかった。知っていますか、どうしても死にたがらない人たちがあることを?聞いたことがありますか-<いや、いや、死ぬのはいや!>と叫ぶ声を?僕は聞いたんです。そうして、自分はそういうことに慣れっこにはなれないと、そのとき気がついたんです。
(中略)
その後、僕ももっと謙虚な気持ちになりました。ただしかし、僕は相変わらず、死ぬところを見ることに慣れっこになれないんです。」
このあと神学的な問いを述べた後にリウーは「そうしてあらんかぎりの力で死と闘ったほうがいいんです」と言います。
「なるほど、言われる意味はわかります。しかし、あなたの勝利は常に一時的なものですね。ただそれだけですよ」
リウーは暗い気持ちになったようであった。
「常にね、それは知っています。それだからって闘いをやめる理由にはなりません」
「確かに、理由にはなりません。しかし、そうなると僕は考えてみたくなるんですがね。このペストがあなたにとって果たしてどういうものになるか」
「ええ、そうです」とリウーはいった。「限りなく続く敗北です」
死は敗北。この言葉は、私が医学生の頃(35年前)、上智大学を会場に開催されていた生と死を考える会の集まりで、そこに参加されていた医師からも聞いた言葉です。今でも、いのちを預かる医師の役割として、あらんかぎりの力で死と闘うことが美徳という考えを持つ人は少なくはありません。
ここで注目したいのは、なぜ困難とわかっていながら、その現場に居続けることが出来るのか?を問いたいと思います。
私は文学者ではないので、カミュの提示したテキストをきちんと理解できているとは思わないのですが、看取りという現場に永年関わり続けてきた体験から言えることは、勝ち負けが大切ではないということです。もちろん、解決できる苦しみには、解決できる方策をとり、最善を尽くそうと思います。しかし、すべての苦しみを解決できる万能な力は持ち合わせていません。
大切なことは、目の前に誰かが苦しんでいるのであれば、その人を気づかうことです。たとえその苦しみが、解決できない不条理な苦しみであったとしても。
そのために求められることは、自らの弱さを認めた上で、なおその場に居続ける自分自身の支えです。誰かの支えになろうとする人こそ、一番、支えを必要としています。
有事の日本を憂い、心温かな人が、それぞれの地域で不条理で苦しむ誰かのために、今日できることを1つひとつ積み重ねていきたいと思います。
小説「ペスト」には、対人援助の内容までの記述が少ないので、この続きはあらためて。(つづく)
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