コラム7:「穏やかに、朗らかに、和やかに、」~“ドゥシ(同志)”とともに~

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2016.01.11

コラム7:「穏やかに、朗らかに、和やかに、」~“ドゥシ(同志)”とともに~

医療法人ネリヤ ファミリークリニックネリヤ 
院長 徳田 英弘さま(JSP2期生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、  認定ELCファシリテーター

 エンドオブライフ・ケア協会 会員のみなさま、あけましておめでとうございます。

 私のふるさと、そして仕事場でもあるのは、鹿児島県奄美大島です。奄美大島は、鹿児島市から約350km南にあり、人口は約7万人ですが、東京23区よりも広い島です。そして、「世界自然遺産登録」を目指している島でもあります。

 昨年9月には、「第18回日本在宅ホスピス協会全国大会in奄美」の大会長を務めさせてさせていただきました。エンドオブライフ・ケア協会からも、小澤先生、事務局の千田さんをはじめ、多くの方々のご協力をいただきました。特に、「人生の最終段階に対応できるスタッフ養成ワークショップ」は、この大会でも、最も高いご評価をいただいた企画でした。このワークショップを機に、エンドオブライフ・ケア援助者養成講座を受講された方も相当数いらっしゃるようです。奄美でも、エンドオブライフ・ケアの実践者が増えつつあることに深く感謝いたします。

 私ども医療法人ネリヤは、ファミリークリニックネリヤと、ネリヤ訪問ステーションの2事業所で構成されています。神経難病の外来・訪問、人生の最終段階の方々の在宅ケア、プライマリ・ケアの3つを柱としています。神経難病の患者さんたちの多くは、日々の暮らしの中で、徐々に思うに任せないことが増えていきます。長いお付き合いの中で、病状の進行に伴って“治療”が手詰まりになって、対応に苦慮することは日常茶飯です。こんな時に「寄り添う」という言葉が、しばしば用いられます。しかし、この抽象的な概念だけでは、患者さんはもちろん、ご家族にとっても支えとはなかなかなりえません。病棟で勤務していたころは、私自身も、病室から足が遠のくことがしばしばありました。外来でも、在宅でも、“治療”ができないことが、私の大きな“苦しみ”でした。

 そんな時、書店で目に飛び込んできた書籍が「医療者のための実践スピリチュアルケア―苦しむ患者さんから逃げない!」でした。”逃げない”という言葉が、心に突き刺さりました。そして、“治療”できなくても、逃げずに向きあうための具体的な行動のあり方が、初めてぼんやりと見えてきました。その後、小澤先生に奄美へも講演にお越しいただくことができました。講演の翌日、小澤先生からご提案いただき、訪問診療にご同行いただきました。患者さんとの会話の中で、田端義男がお好きであるとの言葉を引き出され、寝室の棚にあるCDも見つけられました。そして、スマートフォンからYouTubeで田端義男の歌声を流されました。入室時は、やや硬かった患者さんの表情が、会話の中で、そして田端義男を聴くことで、みるみる穏やかに、朗らかになっていきました。そして、奥様とも、より一層和やかな時間を持たれました。

 表情は“穏やかに”、日々のくらしは“朗らかに”、大切な人たち(動植物や思い出の品なども含めて)と“和やかに”・・・。「穏やかに、朗らかに、和やかに、」は、私たちネリヤの行動目標であり、私の座右の銘でもあります。

 また、患者さんに、手を握られ、「ありがとう」とおっしゃっていただけることは、たいへん喜ばしいことです。ある患者さんは、手を握ってありがとうだけでなく、ひとりひとりの訪問看護師を「ハグ」して、「今が一番幸せ」とおっしゃっていました。看護師たちは、この言葉と、行動に涙が出るほどうれしかったそうです。やはり、私たちも患者さんや、ご家族に支えられていることがたくさんあります。

 奄美では友のことを“ドゥシ”といいます。「ドゥシ=同志」です。私たち関わるものたちだけでなく、患者さんも、ご家族も「穏やかに、朗らかに、和やかに、」日々を過ごしていくことを目標とした“ドゥシ(同志)”です。また、読者のみなさんのようにエンドオブライフ・ケアに取り組む“ドゥシ(同志)”も増えつつあります。会員相互に支えを強めあいつつ、全国津々浦々にエンドオブライフ・ケア援助者の活動を広めていきましょう。

エンドオブライフ・ケア協会では、このような学び・気づきの機会となる研修やイベントを開催しております。活動を応援してくださる方は、よろしければこちらから会員登録をお願いいたします。

Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ