コラム10:人生がかわる瞬間
相仁介護支援サービス 看護師、介護支援専門員
相田 里香さま(ELC2回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、 認定ELCファシリテーター)
春になると思いだす
私には大切なひとがいる
そして苦しい時ほど思い出す言葉がある
さくら舞う青い空
あの日、公園のベンチに腰をかけ
涙を流し眺めたあの景色
忘れられない出会いと別れ
共に味わった苦しみと喜び・・・
たった一度の出会いが私の運命を変えていく
見慣れた風景の中に広がるたくさんの笑顔や溢れる涙
私にとって地域とは、誰かと共に懸命に過ごした場所
花が咲き鳥がさえずる季節になると、ふと自転車を止め池のほとりの
あのベンチに座り、春の陽射しをいっぱいに浴びてそっとこの1年を
今までを振り返る
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声にならない声
伝えられないままの思い
きっと誰もが抱えている大切なもの
人生の終わりに間に合うように・・・
その「思い」を「ことば」にのせて
大切な誰かの「声」を大切な誰かの元に届けたい
私はひとつの出会いを胸に看護師になり
そしてケアマネジャーになった
私に与えられたのは直接的援助ではない、難しい役割
初めてのポジションに、戸惑うことばかりで思いやことばをつなぐどころか、
出来ることは何もなく、ただただ、無力なわたしがそこにいた
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Aさんの家族は彼が「壊した」のだという。
かつての家族とは15年以上別に暮らしていたが孫の誕生を機に交流が再開、
ひとり暮らす日々に光が差し込んだその矢先、健診で胸部上部食道がん末期であることがわかる。荒れた生活の中、告知を受けたのはかつての妻と家族。そこで決められた方針は「本人には知らせず、静かにこのまま。妻が同居し在宅で看取る」。その決定の後、友人を通じて私は依頼を受けた。
本人不在のまま、家族の家を訪れ意向と方針を聞く。
その数日後、病院で初めて出会ったAさんは感情を悟られまいと必死に
自己紹介をする私を静かに見て手術で出難くなった声でこう語りかけた。
「あなたは私に聞こえる声をもっていますか。
人はがんになってもがんでは死なない。僕は前を向いて頑張りたいのです。
最期まで僕らしく、厄介者にならず家族の一員でありたい。」
退院前カンファレンス。
皆が口に出せないものを抱え静まりかえる部屋で、淡々と進む説明。Aさんの顔が歪む。そして歪んだままの顔で笑顔をつくり、皆の顔を静かに見つめAさんは私たちに優しく語りかけた。
「僕は病気で声を失くした。でも今、君たちはなぜ声を失っているの?僕はいるようでいない、空気みたいになってしまったんだね」と・・・。
歪んだ笑顔は深く皆の心に突き刺さり、言葉は静けさに刻み込まれた。
ケアマネとして、私として、今何が出来るのだろう。
今までの家ではない、かつての妻の家に住まいを移し、じっと天井を眺め溜息をつくAさんの側に居たくて、じっと声を失くし支え続ける家族を何とか支えたくて・・・声を失くしたまま頻繁に会いに行く時間をつくった。
訪問診療の医師、訪問看護師、ヘルパー、福祉用具担当者、そして私。
共に苦しみを味わいながらも、皆で辿りついたのは「それぞれの思いや言葉をつなぐこと」
在宅支援チームの思いをケアマネとして妻へ、そして病院主治医に伝えにいく。
「本当の今をAさんにお伝えした方が良いのではないでしょうか・・・」
私は失った声を取り戻さなくてはいけないと気付いた。
妻は声に応えた。主治医は一番苦しい役割を引き受けて下さった。
病院主治医が告知をする横で泣く妻を、Aさんがそっと背中を抱き支えた。
皆が声を取り戻し、家族はまたひとつになった。そして私たちも。
ほどなくAさんは家族や私たち全員にたくさんの感謝の言葉と笑顔を残し
旅立った。
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私たちはたくさんの人生に出会い、
その大切な時を共に歩み、励まされ
言葉には出来ない多くのことを学ばせて頂く
「ケアマネとは架け橋なのですね」
Aさんが私に下さった最期の言葉が今も私の背中を押す
次に出会う誰かのために・・・
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私はこのELC※に学び、小澤先生をはじめ
新たな仲間との出会いにまた人生が変わり転機を迎えている
”たった一度の出会いで人生は変わる”
共に学びを味わったひとだけがこころから感じることのできる素敵な瞬間です
※ELC:エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座
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