コラム24:どんな状況でも逃げずに傍にいる、ということ

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2017.02.23

Takahashi-samaコラム24: どんな状況でも逃げずに傍にいる、ということ
ホームケアクリニックえん 緩和ケア認定看護師 高橋 美保さま
(JSP第3期生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター)

 当クリニックは東北の雪国、人口7万程の工業・農業の町にあります。春には1万本の桜が見事な「北上展勝地」があり、市民の方々はもちろん療養されている方々も春を楽しみにしています。

 高校の時に出会った本に影響され、地域で療養し生活する人の傍らで仕事をしていきたいと考えていた私は、訪問看護の道を選んでいきました。卒後経験の少ない私が訪問させていただいた方は、今の私と同い年の肺がんの女性でした。介護保険制定前であり、地域で訪問される医師もない中、呼吸困難症状に対する知識も技術も不足だった私は、その方の背中をさすることしかできず、本人もご家族もつらいまま最期を迎えてしまいました。   

 自分は何ができたのか?今でもその方のことは夢にみることがあります。

 病院からの訪問看護を経て、訪問看護ステーション看護師、そして訪問診療を行うクリニックの看護師として、地域の多職種と関わる私の原点になっています。

 つらさに焦点をあてた緩和ケアを学ぶにつれ、身体の症状について少しは対応できるようになってきた頃、娘と同級生の骨肉腫の高校生の男の子を訪問させていただきました。長期間病院での治療後ご自宅での療養を始めたその子は、好きな音楽を聴き、夢は「普通にショッピングセンターで自由に買い物をしたい」と私に話してくれていました。歩行はできず、日毎に下肢の痛みやしびれが悪化し、不眠や食欲低下がみられてくる中、自宅に戻ってからその子は薬の内服を一切止めていました。入院中ずっと薬の害についての本を読んでいたようです。「薬は飲みたくない」「でも痛い。苦しい。なんとかして」訪問時間にその子から望まれたことは、とにかく痛いところをさすっていて欲しい、ということだけでした。

 ご両親や兄弟はそれぞれの思いもあり、家族内での意見の対立もある中、私は毎日訪問先の玄関のチャイムを鳴らすことがつらいと感じるようになりました。このような思いを持つ事自体にも、自分自身落ち込み、小澤先生に相談しました。先生からいただいた言葉は、「どんな状況でも逃げずに傍にいること」何もできない自分ですが、その言葉に背中を押されて訪問を続けました。

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Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ