三菱UFJリサーチ&コンサルティング
国際研究室 主任研究員 武井 泉さま
(ELC第42回生)
◆ELCさんとのセレンディピティ
私は、民間のシンクタンクで官公庁などからの委託調査を受けて調査報告書を作成する研究員として働いています。主に開発途上国への国際協力分野の事業を担当しています。2012年以降は、アジアにおける地域の資源を生かした高齢者支援、元気な高齢者を増やすための活動(Active Aging)に関する制度や現状調査も行いました。妹は郷里で介護福祉士・ソーシャルワーカーを、義弟は看護師をしています。
介護との関わりは、2年前に義父が脳卒中で倒れたことから始まりました。義父は今も意識が戻らない状態ですが、介護や高齢者支援、そして人生について「自分事」として考えるきっかけを与えてくれました。
義父が倒れてから約半年、偶然NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で小澤先生とその活動を知りました。その数か月後に、なんと弊社のプロボノ活動(注)にエンドオフライフ・ケア協会(以下、ELC協会)さんがエントリーされ、小澤先生と千田事務局長が感動的なプレゼンをされる場面に幸運にも遭遇することができました。また、その年の年末には、社内勉強会にてELC協会さんをお招きして「プロジェクトマネジメントで考える親の介護」と題した講義をして頂きました。
そして、自分でもELCの活動に参加してみたいと思うようになり、2018年3月にELC援助者養成基礎講座に参加させて頂きました。私は介護や医療の現場経験はないものの、これまでの15年以上の調査業務で、国内外の方々、のべ700人以上にインタビューをしてきました。その経験から「話を聞いてあげられる人」ならばなれるのではないか、また、医療従事者ではないからこそ、違った視点でELCの活動を学べるのではないかと考えたからです。
このように2017年から2018年にかけて、ELCさんとの関わりがトントン拍子で進んで行きました。そして、養成基礎講座を受けた中で、小澤先生が紹介してくださったカナダで開発されたディグニティ・セラピーのことが気になり始め、調べてみたところ、ちょうど2018年5月にカナダのウィニペグで開催されるワークショップがあることを知り、すぐに申し込みをしました。偶然にも、直前にも関わらず空席があり、かつ会社の休暇が取れ、マイレージも貯まっていたという、まさにセレンディピティ(思いがけない偶然)に遭遇しました。
(注)ラテン語で「公共善のために」を意味する pro bono publico の略で、専門職の人々がボランティアで携わる活動のこと
◆いざ、カナダへ!
そしていよいよ、2018年5月9~11日の2日半、ディグニティ・セラピーの開発者であるチョチノフ医師(マニトバ大学緩和ケアリサーチユニット所属)が主催するワークショップ(2018 Dignity Therapy Training Workshop)に参加しました。
このワークショップは、毎年チョチノフ医師と医師が所属するマニトバ大学がんケアセンターの研究チームが企画・運営しているもので、毎年5-6月頃に1回だけ開催されています。2018年は第9回目の開催で、今年の参加者は、約30人ほどでした。8割以上はカナダとアメリカからの参加者で、海外からは、イタリア、アルゼンチン、コロンビア、中国、韓国、そして日本からの参加者がいました。参加者の9割以上が、看護師、医師、ソーシャルワーカー、チャプレン、牧師、ボランティアなど、何らかの形で終末期医療・介護等に関わっている人たちでした。
このワークショップに参加する前に、数年前にこのワークショップを受講していた千田さんにワークショップの様子や準備について詳しく教えて戴いたことはとても役に立ちました。私は、普段の業務で介護や看取りを行っていないため、ワークショップでの実際のディスカッションやロールプレイについていけるかどうか、また、留学経験がないことから、全てネイティブの英語のワークショップについていけるかという不安があったためです。ですが、結果的にあまり問題はなく、「ものは試しに」と思い切って申し込んでよかったと今では感じています。
◆どんなことを学ぶのか?
ワークショップの内容は、まずディグニティ・セラピーとは何か、というイントロダクションから始まり、以下のような構成で2日半に亘って進められました。
前半は、ディグニティ・セラピーの理論や概要などで、講義の場面が多かったですが、中盤からは、実際のディスカッションや経験の共有、ロールプレイなどが多く、実践形式で進められました。
◆ワークショップに参加してみて
今回このワークショップで、初めてディグニティ・セラピーの演習に参加できました。演習を通じて、患者さんに「人生で大切に思うこと」「これまで成し遂げたこと」「大切な人へ伝えたいこと」などを質問し、その答えを丁寧に紡いでいく時間は、患者さんと私にとって本当に貴重なものだと感じました。例え人生が苦難や苦痛に満ちていたとしても、最後の最後で、ディグニティ・セラピーを通じて、インタビュアーが自分の人生に対して耳を傾け、形にしてくれることが、どれほど重要なのかを、ロールプレイで自分が患者役になってみて初めて気づくことができました。そして、ディグニティ・セラピーで残された成果(レガシー・ドキュメント)は、患者さんにとっての宝物のようなものであり、それを残すお手伝いができるというこの仕事は、非常に意義深いと感じました。
今回、私はコロンビア出身のチャプレンであり心理療法士と、韓国出身で在宅医療を推進している医師の2人ととても仲良くなることができました。それぞれの国での看取りの現状や、人生の最後のあり方について意見交換したことは、ワークショップで得た知識と同じくらい有意義なものとなりました。
ちなみに、ワークショップでは、実際にディグニティ・セラピーを行うにあたって、チョチノフ医師やそのチームが直面している課題、例えば死に直面する患者にどう寄り添い傾聴するか、また実際に時間がかかるこのセラピーをどのように現在の介護・看護活動に組み込んでいくのかといった課題に関してのディスカッションもあり、日本とカナダでの課題にそれほど差はないことも知ることができました。
また、日本の参加者がおそらく気になる英語のレベルについては、日本の講義・講座のように、文字が書かれた資料やスライドを基に進められるわけではないため、ある程度の英語のリスニング能力が必要だと思います。そして、ロールプレイやディスカッションが多いため、英語である程度の発言する能力も求められます。
いずれにしても、ワークショップの受講の前に、チョチノフ先生の著書(注)の原本または日本語版を一読しておくことをお勧めします。また、小澤先生の一連の著書を読んでおくことも、事前学習として役立つと思います。
(注)H.M. チョチノフ著、小森康永・奥野光翻訳、「ディグニティセラピー: 最後の言葉,最後の日々」北大路書房 (2013)(原著:Harvey Max Chochinov (2012) Dignity Therapy: Final Words for Final Days, Oxford University Press)
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