コラム41:W杯のゴミ拾いといのちの授業プロジェクト

  • わかってくれる人がいるとうれしい
  • いのちの授業
  • 子ども

エンドオブライフ・ケア協会 理事
めぐみ在宅クリニック院長
小澤 竹俊


 いのちの授業という言葉は、昔からありました。その多くは命の大切さを伝えるために、1つの命(かけがえのないもの)、つながる命(今まで何世代もつながってきた大切なもの)として紹介されてきました。

 あえて従来のいのちの授業を否定する気持ちはありません。とても大切な事です。そして、あなたは、大切なたった1つの命を授かってこの世に生まれてきた存在なのですよと、伝えることを否定しません。

 その一方で、限界も感じていました。もしつながる命が大切であれば、結婚しない人、結婚しても子どもがいない人は、命のアンカーになってしまいます。しかし、その人達は決して命を粗末にしていると私は思いません。頂いた命を大切にそれぞれが生きようとしています。1つの命は大切です。その裏返しとして、死は怖いもの、死んだらよみがえらないという暗黙のメッセージとして伝えようとする人がいます。もし、その授業を、不治の病の子どもが聞いたらどのように感じるのでしょう。もし、子どもは元気でも、その両親が不治の病であれば、子どもはどのような思いで両親と向き合って行くのでしょう。

 あらためていのちの授業の目的とその意味を問うてみたいと思います。

 一番の目的は自殺予防といじめ対策です。

 なぜ大切ないのちを傷つけるのでしょう?
 なぜ、大切な他の誰かを傷つけるのでしょう?

 いのちの大切さを知らないからではないというのが、私の持論です。では、なぜ傷つけるのでしょう?

 それは、苦しいから…。

 人は頭では大切にしなくてはいけないとわかっていても、あまりにも苦しいと、大切な何かを傷つけてしまうことがあります。古くは聖書に出てくるモーセは、神様から頂いた十戒の石版を壊してしまいます。サッカーW杯の話題でいけば、ジダン選手が頭突きをしたのは、大切な家族の悪口を言われたからでした。

 では、どうしたら良いのでしょう?

 人は果たして苦しくても穏やかに過ごすことなどできるのでしょうか?

 その可能性を紹介するのが、ホスピスから学ぶいのちの授業であり、看取りという究極の苦しみの中にあっても、穏やかに生きようとする人達から学ぶ、いのちの授業です。

 では、実際に学校に行って、どのように伝えたら良いのでしょう?

 ホスピス病棟でお迎えが近い患者さん・家族と関わる中で、肌感覚として学んで来たことは、どうしたら苦しむ人の力になれるのか?でした。ですから、学校に出かけていったとしても、今、目の前で私の話を聞いてくれているこの1人1人の苦しみには、どんな苦しみがあるのであろうか?その苦しみをわかってくれる人がいるのであろうか?そして、苦しみを抱えながらも、前を向いて歩いて行けるだろうか?という問いでした。

 だからこそ、授業で出かけるときに心に言い聞かせていることがあります。この話は他人事ではなく、自分事として考え、感じてほしいということです。

 治療が難しい病気になった一部の人の話ではなく、あたりまえに暮らしているように見えて、いっぱいの苦しみを抱えながら生きようする僕の話として、この話があると思えるように話を展開したいと考えています。そのため、少し哲学的ですが、物事の本質を提示するようにしてきました。

レッスン1 わかってくれる人がいると嬉しい
レッスン2 苦しみに気づく
レッスン3 支えに気づく
レッスン4 自尊感情・自己肯定感を磨く

 2018年6月26日は、神戸にある六甲学院中学校・高等学校全校生徒1000人を対象にいのちの授業を行いました。聞いてくれた生徒さん、先生、有り難うございました。いのちの授業の評価は、直後の感想文ではありません。5年後10年後の人生にどれだけ影響を与えたかで評価されるものと感じています。

 もし、いのちの授業を受けた人が、目の前で苦しむ人の力になりたいと声をかけ、力になることができたならば、助けてもらった人は、今度は、次に出会った苦しむ人に優しくなれることを期待します。そのプラスの連鎖が、これからの社会を変えていくことを夢見ています。

 それは、W杯で、日本のサポーターが試合終了後にスタジアムのゴミを拾っていく姿を見て、セネガルのサポーターも一緒にゴミを拾っていったエピソードと同じように...。

 これからの時代に必要なことは、苦しむ人が目の前にいたら、わかってくれる人としてかかわり、苦しみに気づき、支えに気づき、その人の自尊感情を強める援助があたりまえのようにできる、そんな社会を夢見ています。

 いのちの授業プロジェクトは、一部のエキスパートだけではなく、このテーマに関心のある多くの人に伝えられるように、現在、プロジェクトチームを立ち上げて動いています。いつか、その成果が、これからの日本の灯りになれますように。夢を追いかけていきたいと思います。

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