コラム4:支える私たちが「支え」から学んだこと

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2015.10.21

コラム4:支える私たちが「支え」から学んだこと

西国領歯科医院 歯科医師 西国領 俊子さま(JSP3期生、認定エンドオブライフ・ケア援助士)

 

 私は志布志町という鹿児島県大隅半島にある小さな町で、主人と一緒に開業している、歯科医師です。

 え?「歯医者」なの?「歯医者」って看取りの現場とは直接関係ないんじゃないの?と思われNishikokuryo-samaる方も多いと思います。実際、私も看取りの現場と自分たちの職種は遠いものと思っていましたし、お亡くなりになった後、ご家族から事実のご報告を頂くことが通常です。

 私は、障害者歯科という分野が専門です。昨年の3月から、とある重度心身障害児の在宅診療に関わることになりました。この地域で小児在宅は初めてのケースで、訪問看護師さんは小児の経験がなく、私を含め関わる方々は手探り状態でした。

 歯科医療の立場の私としては、口腔ケアはもちろんですが、お口の機能は食べることと話すことなので、QOLを高めるための味覚刺激と、遊びの提供を通してご家族とのコミュニケ―ションが取れることを目標にしていこうと決めました。

 しかし、訪問してご本人やご家族と接していくうちに、その思いを受け止めていくことすらできない自分への歯がゆさや、答えや解決策を見いだせない問いかけに、関わり続けていくことへの迷いすら出てきました。重いご病気ですから、いつか向かい合わなければいけない日を考えたとき、歯科医師として何ができるのだろうかという、見通しの立たない焦燥感と不安すら感じ、障害者歯科認定医研修でご講義を受けた小澤先生のお話を改めて聞きたいと思っていたところ、JSP講座(※「人生の最終段階に対応できる人材育成プロジェクト」。ELCの前身)のことを知ったのです。

 一般開業の歯科医師である私は、看取りの現場経験など何もなく全く畑違いでしたが、JSP3期生として受講させて頂く機会を得ることができました。

 この講座での学びは、とても大きなものでした。「家族に寄り添って支える」、この言葉を私は幾度となく使ってきました。でも、では「どう寄り添うの?」「どう支えるの?」という問いに、「支え」を言葉にすることができない自分に気付いたのです。そして、「苦しみ」を表面でしか捕えていないことにも気付かされました。

 地域に戻り、この子・この家族の苦しみを知ることや支えを強めることなど整理して考えていくと、大きな落とし穴に気が付きました。それは、関係者間で情報を十分に共有できていないことでした。確かに個別支援会議はありますが、平日の昼間なので出席できる方は限られていましたし、ご様子も文書のみで伝えるものでした。この子を中心に、多くの方が関わっていますが、それぞれが持つ情報は点のままであり、部分的につながって線にはなったとしても、面にはなっていなかったのです。

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Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ