<20年前から変わらないこと>

  • エンドオブライフ・ケア

  • 家族

  • 関わるすべての職種にできる援助

  • 穏やかな最期

  • ディグニティセラピー

  • わかってくれる人がいるとうれしい

  • 解決できない苦しみ

  • 固定観念

2020.06.17

 今から20年前に書いたコラムを紹介します。前任のホスピス病棟で出会った患者さんから学んだことです。

 「医療は治すことが目的でしょう。だから治すことができない患者は、医療の対象ではないと思うのです。あきらめるしかないのでしょうね。」

 鍛冶屋の職人として生きてきたその人は、本当の病名を告げられたとき、そのように感じたと話していました。やがて、ホスピスを紹介され、相談外来を受診後、しばらくしてホスピスに入院することになりました。そして、入院生活に慣れたある日、次のような話をされました。

「前の病院で医師から2つの選択肢を言われました。副作用のつらい、効果が30%ぐらいの抗がん剤と治療をしないこと。私としては安楽死の選択肢を加えても良いと思いました。

もし、楽に逝かせてくれるのならば、もう十分に生きたし、苦しまないのなら、死にたいと思いました。そう感じる人もいると思います。でも、こうしてここにいると、あのとき安楽死を選ばなくて良かったと思います。

今は看護師さんやお医者さんがとても良くしてくれる。こんな自分でも人間として扱ってくれる。今までは、私は機械も人間も同じと思っておりました。だから、治せなければもう医療から見放されたと思っていたのですが、ここでは違う。たとえ治らない私でもきちんと人間として考えてくれる。

そう思うと、今まで考えてきたこととはまったく違うように思えて、だから、今は何もしていない、ぼーっとしているようで、実は充実して満足しているのです。本当に感謝しています。」

 こう話をしながら目頭を熱くされておりました。別の日には次のようにも話されていました。

 「はじめはホスピスに来るときいて、死刑囚の入るところと思いました。そしてホスピスのスタッフは死刑囚に仕える牧師みたいなものであろうと考えていました。でも、入院してそれが違うことに気がつきました。

 みんな気づかってくれて、生まれ変わったようです。死ぬ前にこんな気持ちになれる。なんて自分は幸せなのだろう。このことに気づいて自分が死んでしまえば終わるかと思ったけれど、そうではない。娘や息子たち、そして孫たちまでこのようなことを伝えられる。ホスピスは消えてしまうものではなくて、多くのことを生きている人に伝えることができるのですね。」

 やがてその人は、大勢の家族に囲まれる中、穏やかな最期を迎えました。

 鍛冶屋の職人として生きてきたその人にとって、機械も人間も治せなければ同じと考えていました。しかし、ホスピス病棟での関わりは、それまでの固定観念を見事に打ち壊しました。

 たとえ死を目の前にしても、人は笑顔を取り戻すことができます。20年前から、一貫してこだわってきたテーマです。

 この続きは、以下のイベント「固定観念をぶち壊そう」にて

第1回医療デザイン大学LIVE
医療×デザイン×変革者「固定観念をぶちこわそう:
2020年6月27日(土)14時00~16時30分
会場:上大岡ウィリングとZoomのハイブリッド方式
申し込み Peatixにて

 

小澤 竹俊

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Theory of Change

セオリー・オブ・チェンジ