コラム68:報道現場に立つ私の“御守り”

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2020.07.30

コラム68:報道現場に立つ私の“御守り”
NHKおはよう日本 ディレクター 
八幡祐子さま

 それは13年前のこと。エンドオブライフ・ケア協会の設立の“種”をまく小澤先生に、私は出会いました。当時、私は30歳。報道番組のディレクターとして7年目の若手で、新聞や雑誌をめくっては、何か番組で取り上げるべきテーマはないか…と探す日々を送っていました。そんな時に目にしたのが「いのちの授業」をする医師として紹介されていた小澤先生の新聞記事です。私は直感的にぜひその授業のお話を聞いてみたい、と思ったのでした。

 連絡を取るとすぐに会ってくださることになり、クリニックを訪ねてみると、お会いするなり「では、行きましょう!」。どこへ…?と思っていると、そのまま先生の運転する車で訪問診療へ。訪ねたのは、病院でのがんの治療がなくなり、「最期は家で迎えたい」と自宅で過ごしている患者さんの元でした。そこで私が目にしたのは、小澤先生の真骨頂、「言葉による苦しむ人への援助」でした。それは魔法を見ているようでした。苦悶の表情を浮かべていた患者さんが、小澤先生と30分ほど対話するうちにどんどん穏やかになっていくのです。どう見てもお忙しいのに「ヒマですから」と言って患者さんに向き合う小澤先生。もちろん、体の痛みは薬でしっかりコントロールした上で、みるみるうちに心の痛みを取り除いていく。驚きを隠せませんでした。いったい、何が起きているのか…?そしてこれこそが、今後の医療・介護の現場、そして社会全体にとって必要な技術となってくるのではないか?そう感じた私は、その後すぐに企画書を書き、小澤先生の訪問診療にデジカムひとつ持って密着取材をすることになりました。そして数か月間、患者さん本人だけでなくそのご家族の苦悩にも向き合う先生にご一緒しました。その姿を通して、人生の最終段階の時間をどのように過ごすのか、どうしたら穏やかに過ごせるのか「特報首都圏」と「NHKスペシャル」で2008年に放送し、とてもとても大きな反響がありました。

 30歳の私にとって、小澤先生とのこの出会いは、その後の報道番組ディレクターとしての自分の在り方の大きな指針となりました。私たちメディアの人間は、自然災害や事件・事故・病気・貧困・虐待など、大きな苦しみと悲しみの中にある人にお話を伺わなくてはならないことがあります。一体、どんな自分であれば、その人たちのそばに立ち、声をかけることができるのか。それはこの仕事をする人間にとって、とても大きなテーマです。そんなとき、私がいつも思い起こすのは小澤先生が実践して見せてくれた「相手を主語とし、相手にとって“わかってくれる人”になる」ということ。私はその方法を“御守り”として自分の胸にもち、最初からカメラを回すようなことはせず「相手の方のお話をとことん聞く」「反復・沈黙・問いかけ」を徹するようにしました。すると、最初はかたくなだった方でも、少しずつでもお話を聞かせてくださるようになることがたくさんありました。「苦しみに向き合う方法がある」ということ、それは苦しむ人の前に立つことを恐れずに、伝えるべきことを伝えるための、私にとっての大切な支えです。

 小澤先生は2008年の取材時に、苦しみに向き合う人材としての「仲間がほしい」と強くおっしゃっていました。毎月第3火曜日、地域の医療・介護に携わる皆さんに向けて勉強会を開く小澤先生。しっかりと“種まき”をされていたのだなと思います。それから6年後の2015年7月。“発芽”の時です。第1回目のエンドオブラライフ・ケア援助者養成基礎講座の2日間の様子も取材させていただき、NHKおはよう日本にて特集で放送しました。これも大きな反響がありました。小澤先生は着実に「有言実行」され「折れない心を育てるいのちの授業」でも相手も自分も大切にする関わりを、わかりやすく具体的に伝えています。

 いま、エンドオブライフ・ケア協会でつながった皆さんが全国で活動していることに、私は大きな希望を感じます。コロナ禍の時代、様々なことが手探りで再構築されている今こそ、人と人が真に関わりあうことのできる「新しい文化」が根付く大きなチャンスだとも感じています。意識するのは「その人にとっての支えは何か」。そして「相手にとって“わかってくれる人になる”」こと。そのことが文化として根付き、花が開く社会になるように、私は私の立ち位置から、これからも発信していきたいと思っています。

(終わり)

 

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