コラム73:いきかた〜生きかた・活きかた・逝きかた〜を支える地域であるために

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2021.01.30

コラム73:いきかた〜生きかた・活きかた・逝きかた〜を支える地域であるために

医療法人慈孝会 七山診療所  所長 阿部智介さま
(ELC第26回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士)


 あたりまえは、あたりまえではない。そのことに気がついた時には、あなたはすでに何かを失ったり、まわりで変化が起きたりしてしまっていることが多いのではないでしょうか。あたりまえがあたりまえではなくなったとき、人は大きなストレスを抱えますし、それは社会も同様です。まさしく、今のコロナ禍においては、誰しもが感じていることかもしれません。

 しかし、このことは普段から身の回りにあることなのです。私は9年前に父を突然失いました。私の故郷である唐津市七山(旧七山村)の医療をたった一人で昼夜を問わずに支え続けていましたが、心肺停止となって蘇生され、人工呼吸器につながれたまま意識不明の状態となりました。お互いに元気でいることがあたりまえになってしまっていたのか、医師でありながらそのようなもしもの時に自分自身はどのように在りたいのかという話を交わしておらず、父がどのような姿を望んでいるのか、私はどのような判断を下せばいいのかと悩み苦しみました。

 その後、七山での医療を引き継いで住民の生活に密着していくような医療にたずさわるようになって、人生の最終段階にも多くかかわるようになりました。その中では、意思表示ができない方のご家族やかかわる人たちと人生の最終段階においての話し合いをします。いわゆるAdvance Care Planningです。

 その多くの場面で、ご家族やかかわる人たちは本人が考えていたことや想いがわからない、そのような話をしたことも聞いたこともないと言われ、そして困惑されてしまいます。もちろんその状況においても、様々な情報を集めたり思い出してもらったり、表情などを見ながらその方にとっての最善と考えられるいきかたを検討していきます。しかし、どのような方向性になったとしても、遺される方々はどこかで苦しみを抱えられているようにも感じてきました。それは、家族に限らず介護現場でケアをしているスタッフも同様で、情報も少ない中において相手にとって何が正しいのかが分からずに手探りでケアを行うことへの悩みや不安があります。

 私の経験もそうですし、私がかかわってきた方やご家族にしてもそうですが、意思表示ができなくなるようなもしもの時は誰にでも起こりえます。そして、それは年齢を問いません。そんな話は縁起でもないと意識下でも無意識下でも避けてしまうことが、結果として自分自身のいきかたを望まないものへと導き、守るべき大切な人たちを苦しめてしまうことへとつながってしまうこともあるのだと感じています。

 あたりまえは、あたりまえではないからこそ、しっかりと過去を振り返りながら今を見つめなおし、これから先のことを考えて自らや大切な人にとって最善ないきかたとなるようにしていくことが必要ではないかと思います。それは個人だけではなく地域も同じです。過疎化による少子高齢化が進む唐津市や玄海町においては、今から40年後には人口が半減してしまうという推計があります。今ですら厳しい状況にあるのに、そのような未来には今のあたりまえがどれだけ残っているのでしょうか。何もしなければ、今のあたりまえは失われ悲嘆にくれているのかもしれません。しかし、未来の状況が異なりますから今とは同じものとはいかなくても、しっかりと考えて行動したり視点を変えたりしていくことで近いものは維持できるのではないかと思います。

 モノや環境としてのインフラは正直なところ維持することが困難です。しかし、人のいきかたや人生を支えるような心のインフラはしっかりと醸成できる可能性があり、それを地域の文化として築き上げていくことはできるのではないかと考えました。

 そのような社会を築き上げていくために、唐津市と玄海町から一般社団法人唐津東松浦医師会が委託を受けた在宅医療・介護連携推進事業の一環として「いきかたノート®~生きかた・活きかた・逝きかた~」(以下、いきかたノート)をつくりました。今に限らず、これから先の未来においても、住民の方々が住み慣れた場所で人生の最期まで自分らしく生きることができるようになることを目的としています。

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