2026年3月9日から12日までの4日間、私は沖縄にある「いきがい在宅クリニック」で実習をさせていただきました。 この実習のきっかけは、昨年の秋に遡ります。私の師匠である小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)から「一緒にご飯に行ってきなさい」と背中を押され、関東に学会発表で来られていた長野宏昭先生(いきがい在宅クリニック院長)と出会いました。 当時、私は「ユニバーサルホスピスマインド(苦しんでいる人の力になりたいと願う心)」を学び始め…
施設看護師として看取りに関わる毎日を送っています。入所されるご利用者様の多くは、認知症があり、終末期を迎える頃には意思の確認が難しい現実があります。看護師として目の前の方に向き合えていたのか、どこかでご家族の納得を優先していなかったか、そんな思いが残りました。 いま何かを学ばないといけないと焦りながら、オンラインで エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座 の参加を決めました。 受講までは「在宅と施設ではできることが全く違うのではないか…
コラム115:その方にとって、“自分が理解者になれた”と感じた涙の瞬間
小澤先生との出会い 介護保険が始まった翌年、2001年にケアマネージャーの資格を取得しました。 私の記憶が確かならば、小澤先生がケアマネージャー更新研修の講師という形で出会ったと認識しています。 私たちは「本当に苦しんでいる人の気持ちを理解出来るのでしょうか」この問いにとても衝撃を受けた事を覚えています。 私は町田市で認知症専用の一軒家のデイサービスで、畑を耕しながら介護スタッフ兼ケアマネージャーとして働いていました。 その中の60代の…
エンドオブライフ・ケア協会との出会い 私は、島根県出雲市内の特別養護老人ホームで施設ケアマネとして勤務しています。施設で看取りまで関わらせて頂く機会が増え「ご家族へなんと声をかけるといいのか?」…と構えるばかりで言葉が出ず、ご利用者家族を前にして何もできない…力になれないな…と足が遠のくような思いを感じていました。 そんな頃、出雲市でのエンドオブライフ・ケア援助者養成講座との出会いがありました。私は、ご家族との面談や会話の中で沈黙は怖い…
コラム67:私の作業療法実践を支えるエンドオブライフ・ケアの学び
コラム67:私の作業療法実践を支えるエンドオブライフ・ケアの学び 清藤クリニック クリニックマネージャー 野尻明子さま (ELC第5回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 現在、私は作業療法士(OT)として、クリニックの他にも、特別養護老人ホーム、刑務所(高齢受刑者への健康運動指導)などで働いています。作業療法は、身体、精神、発達、高齢期の障害や、環境への不適応により、日々の作業(生活行為)に困難が生じてい…
コラム49:施設での看取り~n.r氏との関わりを通して私たちが学んだこと、成長したこと~
自己紹介 私は特別養護老人ホームで看護師をしています。入所者150人を抱える大所帯です。ここ数年の間に、住み慣れたところで最期を迎えたいと、施設での看取りを希望される方が増えました。以前は調子が悪くなったら病院へという流れだったはずが、いつの間にか年間20人ほど施設でお見送りするようになっています。 これまで看取りに慣れていなかったスタッフは戸惑います。「自然なかたちで」と言われても、臨床が長かった看護師(私も含め)は何もしないことに負…
コラム17:目を逸らさずに最期の時まで寄り添い「施設でも」にこだわる特養でありたい
社会福祉法人 宏恵会 特別養護老人ホームリーフ鶴ヶ谷 介護福祉士 荒井裕江さま(ELC7回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士) 私は仙台市宮城野区にて特別養護老人ホームリーフ鶴ヶ谷で介護福祉士として平成24年より勤務しております。以前はデイサービス勤務であった為初めての施設勤務。教えて頂いた事を日々、無我夢中で業務に取り組んでいました。特養では、いずれは居宅へと帰る事が目標となっていますが、ほぼ9割以上の方は最期まで施設で過ごされてい…
コラム11:「私の人生は幸せだった」と振り返ることができるようなエンドオブライフ・ケアを目指して
コラム11:「私の人生は幸せだった」と振り返ることができるようなエンドオブライフ・ケアを目指して 社会福祉法人足立邦栄会 施設長、看護師 新井 五輪子さま(ELC1回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士) 2000年4月 特別養護老人ホームさくら(定員60人)、身体障害者療護施設かえで(定員10名、現:障害者支援施設)が開設しました。東京都では初めての高齢者と障害者が一緒に生活する施設であり、障害者施設の民設民営が実現しました。 私は開…
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