2026年3月9日から12日までの4日間、私は沖縄にある「いきがい在宅クリニック」で実習をさせていただきました。 この実習のきっかけは、昨年の秋に遡ります。私の師匠である小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)から「一緒にご飯に行ってきなさい」と背中を押され、関東に学会発表で来られていた長野宏昭先生(いきがい在宅クリニック院長)と出会いました。 当時、私は「ユニバーサルホスピスマインド(苦しんでいる人の力になりたいと願う心)」を学び始め…
コラム140:いのちについての学習を行うための器つくり:1998年から2006年までの歩み
~前書き~ 小松良子先生は、小学校の養護教諭として学校現場でご活躍される中で、同僚の先生方、子どもたちと『いのちについての学習』に取り組んでこられました。エンドオブライフ・ケア協会の『折れない心を育てる いのちの授業』プロジェクトが立ち上がる際にも多くの示唆をくださいました。「授業で学んだことを生活の中で行動したり、できたことを認め合ったりするためには、学級で、学校で、地域での器の存在が必要」とおっしゃる、小松先生の長年の教育実践から学…
コラム136:あなたは、「かけがえのない」「大切で」「愛される存在」であることを感じて欲しい
小さな頃、「お父さんお母さん ちゃんと帰ってくるよね」と不安に思いながら、窓から雨降る庭を眺めていた私。人が亡くなること、大切な人と永遠に会えなくなってしまうことに、漠然とした不安があった気がします。 あまり自己肯定感の高くなかった私が、誰かの役に立ちたいと、看護師を目指し、キューブラー・ロスの著書「死ぬ瞬間」に出会い、「死を受容する」ということができるのかという疑問、また、マザーテレサの「人はみな、神に望まれてこの世に生まれてきたので…
私は家庭医です。いわゆる「昔ながらの町医者」というやつです。赤ちゃんからお年寄りまで、産前相談から緩和ケア・看取り・グリーフケアまで。年齢やジャンルを問わず、心・体の問題を問わず対応する、プライマリ・ケアの専門医です。 何でも診るといっても、何でも解決できるわけではありません。プライマリ・ケアの診療所に受診する患者さんの訴えの50%は答えがないとも言われています。私たちは日々、答えのない苦悩と向き合っています。 そんな不確かな世界と向き…
コラム122:やっぱり「支え」があれば頑張れることを教えてくれる子ども達
私は長く小学校教員をしています。心理師でもあるので、自分の学校だけでなく地域の子ども達の相談やカウンセリング、保護者の教育相談にも多くかかわらせてもらっています。 特に近年は、不登校の児童生徒や、生きること自体に希望が持てなくなっている子ども達、困り感を抱えたまま相談できずにいるお家の方々が急増していることを、現場でもひしひしと感じます。相談数は年間数百件以上にものぼり、年々ニーズは高まるばかりです。 現場での教育相談を進めながら、同時…
コラム119:消えたかったわたしがいのちの授業を伝え続ける意味
もう何度授業という名の「お話」をしただろうと、ふと考えていた。そもそも、この活動に、どうして関わり続けているのか? 振り返ると、私は、自己肯定感が低い、でもそこそこ勉強はできる複雑な心理状態をもった子供であったように思う。良い成績をとると、学校では褒めてくれる人もいる、先生もいる。でも家では褒めてくれず、悪い成績だと叱責する母親、母の前では良い子にふるまう姉、そんな家庭環境の中で、成績に無関心の父親は、私にとって支えであったように思うが…
コラム115:その方にとって、“自分が理解者になれた”と感じた涙の瞬間
小澤先生との出会い 介護保険が始まった翌年、2001年にケアマネージャーの資格を取得しました。 私の記憶が確かならば、小澤先生がケアマネージャー更新研修の講師という形で出会ったと認識しています。 私たちは「本当に苦しんでいる人の気持ちを理解出来るのでしょうか」この問いにとても衝撃を受けた事を覚えています。 私は町田市で認知症専用の一軒家のデイサービスで、畑を耕しながら介護スタッフ兼ケアマネージャーとして働いていました。 その中の60代の…
コラム114:わたしを一歩前へ進めてくれた、ELCとの出会い
ELCとの出会い 私は、訪問リハビリテーションで理学療法士として働いています。ELCとの出会いは、5年前。余命1ヶ月の癌末期患者さんの担当になったことでした。「余命1ヶ月…。私に何が出来るのだろう」と思い悩み、参考書を探しに書店に行きました。そのときに、小澤先生の『死を前にした人にあなたは何ができますか?』の本を見つけました。読み終えた頃には、心がすーっと晴れて患者さんの気持ちにも耳を傾けて、わかってくれる人になれるかもしれない!と思え…
コラム111:優しく包み込んでくれたユニバーサル・ホスピスマインド
自らの人生、悩み 現在24歳。私は、人生は常に頑張らなければならないと思い込んでいました。 小学2年生のとき、私は視力が悪く、眼鏡をかけるようになりました。当時眼鏡をかけている子は珍しく、一部の子は私に「メガネザル」とあだ名をつけてからかったりいじめたりしました。私はその時から、自分は存在していい人間なのか、考えるようになりました。また、勉強ができた私は、母から「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を教えられ、自分を隠すようになりました。自分…
2023年8月27日、富士市の男女共同参画事業の一環で、「折れない心を育てるいのちの授業」認定講師の関口圭子さんが、子育て中の保護者、地域の子育て応援者、興味のある方などを対象にお話をされました。その際、娘の関口眞央さん(小学校5年生)が、講師認定後、はじめて講演をサポートされました。当日をふりかえってみての感想と、これからの夢を綴ってくださいました。 はじめての「いのちの授業」 私は今回、母の「いのちの授業」のサポート役を初めて務めま…
ELC、いのちの授業との遭遇 大学1年の5月、サークルのイベントの一環で『折れない心を育てる いのちの授業』と出会いました。そして、長野宏昭先生との出会いもこのときでした。いのちの授業では、3つのレッスン「苦しみから支えに気づく」「苦しむ人を前にしてわたしにできること」「自分を認め大切にする」に沿いながら、困難や苦しみに直面してもそれらに向き合い、また周囲で苦しみにも恐れず関わっていく方法を考えていきます。支えに気づき、自分を認め、解決…
息子に悪性脳腫瘍(膠芽腫)が見つかったのが、高校3年生の10月。開頭手術を終え、放射線治療が終わったのがクリスマス・イブでした。 その後、地元の大学に進学し、抗がん剤や治療のための手術を繰り返しながら、すてきな友達や部活動の先輩などと充実した大学生生活を送っていました。 この4月、大学2年生になってから少しずつ状態が悪化。担当の医師からはもう積極的な治療はないと言われました。息子と家族で選んだ療養場所は自宅。大好きな兄は大学院に進学した…
コラム102:沖縄の活動に見るワーカーズコープとの重なり:ユニバーサル・ホスピスマインドの社会実装を目指して
エンドオブライフ・ケア協会 8周年記念シンポジウム で登壇された、ワーカー ズコープ連合会センター事業団理事長・田中羊子さんは、「ワーカーズコープは、共に生き、共に働く社会をめざして、雇われるのではなく、自分たちで出資して、経営に責任を持ち、地域に必要な仕事をつくり出す「協同労働」という働き方を実践してきました。」と語られていました。 30年以上前から、協同労働という働き方を、社会運動として実践され、それが実を結び、2020年12月4日…
在日朝鮮人として生まれて 私の祖父母は韓国で出生、両親は日本で出生したので、私は在日三世の朝鮮人である。学生時代から教師の道を目指していたが、家庭環境(長男、貧困)の事情もあり、高校を卒業して現在の職場である共和病院に就職した。 当初、臨床検査技師を志望したが、枠がなく事務局に配属された。患者さんと接することなく10年間を過ごしたが、その後医療相談員(MSW)として異動になった。思えばこれが人生の分岐点であったのかも知れない。 教師は断…
私は長女としてこの世に生を受けました。亡き母は、沢山愛してくれていましたが、とても厳しい人で、何に対しても完璧を求め、中々褒めてもらえなかった子供時代を思い出します。例えばスイミングのテストが不合格だった時、試合に負けた時、学校の成績表をもらった時、大学入試が不合格だった時・・・。悲しくて、悔しいのは私なのに、なぜか怒られて「ごめんなさい」と言っていました。 だから、こどもが産まれた時、私が感じたような気持ちには絶対にしないって思って子…
コラム93:スクールカウンセラーとして、わかってくれる人になりたい
1冊の本との出会い 私は心理職、主にスクールカウンセラーをしています。保育園から小・中・高校まで様々な学校へ行きます。ある日、学校の図書室で、ふと目にとまったのが『折れない心を育てるいのちの授業』の本でした。 友人との話し方がわからない、勉強が全く理解できない、家族と仲良くしたいのに仲良くできない、自分の居場所が見つからない、家族の経済事情、性虐待、など悩みを持っている人はたくさんいます。リストカットなどの自傷行為や、大量にお薬を飲んで…
コラム90:いのちの授業を伝えることで私自身が教えられたこと
エンドオブライフ・ケア協会との出会い 私が製薬会社の抗癌剤グループで勤務していたころ、その時代は癌になったら病院で最期まで治療をし続け、最後の最後まで延命治療をする時代でした。 そのような延命治療について国民が疑問視し始めたころ、父親が長い間 闘病していた前立腺がんが全身骨転移となり、急死した母の代わりに単身で自宅に戻り父との生活を始めました。 父の「頼むからこのまま自宅で最期まで居たい」「人生の最後ぐらい自由に生きたい。」という言葉を…
コラム87:カムカムエブリバディ!仲間と学び続けて<いのちの授業>を全国に届けよう!
私は2019年12月に<折れない心を育てるいのちの授業 (以下「いのちの授業」という。)>認定講師になりました。でも講師デビューをしたのは、つい最近の今年1月になってからのことです。 なぜすぐに授業をすることができなかったのか? 一つは翌年からコロナが流行り始めたからでした。特に私が住む東京では感染者が軒並み増え続け、学校では休校が相次ぎ、人が集まることが避けられて<いのちの授業>を伝えるどころではなくなりました。 一方で、コロナ禍が長…
コラム86:「いのちの授業」を伝えている自分自身がいやされていく理由
私は「折れない心を育てる いのちの授業」を、小学生を中心に、たくさんの方にお話しする機会をいただいて、大阪市内、また最近ではオンラインでも活動させていただいております。 エンドオブライフ・ケア協会では、認定をいただいた講師が「折れない心を育てる いのちの授業」をそれぞれの場所で伝えていけるように、年に4回、オンラインで講師トレーニングを開催しています。 先日、その講師トレーニングで、私自身がなぜ講師となったのか、そしてなぜ学び続けている…
コラム84:PTA・いのちの授業コーディネーター・親としての三つの視点から取り組んだこと
私はこれまで、実際に悩む中学の娘と一緒に「折れない心を育てる いのちの授業」を数回受講しました。娘は、何に悩んでいるのかもわからなくなるほどふさぎ込んでいましたが、この授業を受けるたびに、一つ一つ気持ちを伝えてくれるようになりました。 藁にもすがる思いで受けたあの日、娘は、隣にいるのにパソコンの画面にも映るのを嫌がりながら、言葉ではなくショートメールで、「テストでいい点を取りたい。でも取れない」「部活でいい成績を残したい。でも部活を辞め…
「折れない心を育てる いのちの授業」は〇〇の始まりです。さて、何の始まりでしょう。 以下、私が実践した「折れない心を育てる いのちの授業」に参加くださった方からいただいたメールからの一部抜粋です(ご本人に掲載の許可をいただいています)。 "授業が終わったあとすぐ、息子は「俺には苦しいことはないな!暑いからアイス食べてスッキリさせるわ~」と笑いながら話していて(あまり分からなかったかな?)と思っていました。しかし、楽しみにしていた息子のア…
お恥ずかしいながら、当時小学2年生の娘と私は、 本当に仲が悪かった。小さい時から、なぜかすぐにぶつかり合う。本当はとても愛おしい大切な存在なのに。 このぶつかり合いを何とかしたい、どうしたらいいんだろうと悩み、子育てが苦行にしか感じられない時もあった。 こんなことを思ってしまう私は、母親失格ではないか。そんな自分を認めたくなくて、さらけ出せなくて、子育てというものを孤独に感じてしまっていた。普段は看護師として、いつも笑顔で患者さんに心か…
エンドオブライフ・ケア協会(ELC)との出会いは通勤途中に聞いていたラジオでした。エンドオブライフの研修を探していた私はさっそく調べて申し込み受講しました。 私の看護師としての経験は救急が一番長く、救急の現場では何人もの人の最期に出会ってきました。突然の心肺停止で運ばれてくる方に行う蘇生術、動揺する家族、最後は自宅ではなく警察へ搬送されるケースも。その時いつも感じていたことは、この方は本当にこんな最期を望んでいたのだろうか?どうすれば穏…
それは13年前のこと。エンドオブライフ・ケア協会の設立の“種”をまく小澤先生に、私は出会いました。当時、私は30歳。報道番組のディレクターとして7年目の若手で、新聞や雑誌をめくっては、何か番組で取り上げるべきテーマはないか…と探す日々を送っていました。そんな時に目にしたのが「いのちの授業」をする医師として紹介されていた小澤先生の新聞記事です。私は直感的にぜひその授業のお話を聞いてみたい、と思ったのでした。 連絡を取るとすぐに会ってくださ…
副島先生から、皆さんへ、メッセージが届きました。 今回のテーマはは、『ふあんの受けとめ』です。 病気と闘っている子どもさんたちと向き合ってきた副島先生ならではの、あたたかなメッセージです。 不安は、自分を守るためのあたりまえの反応 “立ち向かう”だけではなく、“はなれる”ことも対処の1つと紹介されています。 そのうえで、安心・安全の中で話を聴くことの大切さ だれもが当事者であり、自分を大切にと説かれています。 また質問コーナーでは、子ど…
副島先生との出会いは、もう何年になるのでしょうか。テレビドラマの主役になるような雲の上の人でした。ある医療とメディアとの学習会の懇親会の席で、サシでお酒を飲みながら話を伺ったときに感じたことは、その熱量は、半端ない(他人のことを言える立場ではないのですが…)ということでした。 これほど苦しんでいる誰かのことを思い、全身全霊をかけて取り組もうとしていて、その仕事に誇りを持ち、何より笑顔を大切にしている…。その懇親会の時に肌で感じた副島先生…
緊急事態宣言が延長され、仕事を再開できず、経済への影響が心配されています。特に家賃や学費など、支払うことができていた人達が、今までのあたりまえを維持できるかぎりぎりの状況となっています。政府も必死に救済の手を差しのばそうとしていますが、届くまでには時間もかかります。 恐れていることは、人は苦しいとき、誰かを傷つけ、自らを傷つけることです。 この考えは、決して新しくはありません。私が2000年の頃より、ホスピスから学ぶいのちの授業として、…
昨日はFB投稿できませんでした。というのも愛犬が低血糖発作で意識低下、けいれん発作などから、一時期危篤状態となりました(もともと持病がありまして…)。ということで、一日、お休みを頂きました。深夜帯ではありましたが、ブドウ糖をシリンジで何度が飲ませ、何とか事なきを得ましたが、これからも何があるかわからない日が続きます。 普段の何気ないあたりまえの生活が、一変することがあります。昨日の愛犬の出来事もそうです。そして、現在起きているコロナウイ…
前回、私はアリとキリギリスの話を紹介しました。少しだけ補足をさせてください。 一般的にイソップのアリとキリギリスの逸話は、「働かざる者食うべからず」という教訓として紹介されます。働いていたアリに対して、遊んでいたキリギリスが、やがて冬になって食糧難になって困る話です。ですから、「備えあれば憂いなし」という教訓としても学ぶことができます。 ただ、現実は厳しい世の中です。働きたいのに働けない社会です。働いているのに、認めてもらえない世の中で…
何事も経験は大切です。はじめからうまくいく人はほとんどいません。料理を作ることも、楽器を演奏することも、人前で話をすることも、最初は失敗することが多々あります。うまくいかなくて、取り組んだことを止めてしまう人もいるでしょう。それでも根気よく続けていくと、だんだんと上達していきます。 医療のように専門性の高い職種も同じです。採血や点滴などの血管確保の技術、内視鏡や超音波検査などの技術も経験とともに磨かれていきます。やがて1つ1つの経験は、…
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