コラム145:支えるのではなく、共にある――Vysions のサマープログラムを通して考えた地域の居場所
私は現在、大学で社会福祉を学び、ソーシャルワーカーを目指しています。福祉やケアの現場を学ぶ中で、地域住民が主体となって支え合う「コミュニティソーシャルワーク」に関心を持つようになりました。 実は私自身、過去に学校へ行けなかった時期があります。その当時、出会った人たちの温かい関わり合いや、いつもと変わらず接してもらった経験が、人を嫌っていた私が心を開く一歩となり、前へ進むための大きな力ともなりました。 この経験から私は、誰もが人生の中で困…
運命を感じたELCとの出会い 私が小澤先生に出会ったのは、2017年10月に開催された「在宅緩和ケア講演会」の時でした。恵まれたことに、ロールプレイの患者役のご指名を受け、小澤先生のケアを最も近い場所で学びました。当時の上司と一緒に涙を流しながら講演を聞いたことを、鮮明に記憶しています。 日々の忙しさに疲れ、看護師として何も出来ていなかった無力感を抱えている中で、こころが放たれ光が見えた瞬間でした。私は、その光が何かを知りたくて、5ヶ月…
2026年3月9日から12日までの4日間、私は沖縄にある「いきがい在宅クリニック」で実習をさせていただきました。 この実習のきっかけは、昨年の秋に遡ります。私の師匠である小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)から「一緒にご飯に行ってきなさい」と背中を押され、関東に学会発表で来られていた長野宏昭先生(いきがい在宅クリニック院長)と出会いました。 当時、私は「ユニバーサルホスピスマインド(苦しんでいる人の力になりたいと願う心)」を学び始め…
コラム137:「分けてあげたいくらい幸せ」~人工呼吸器と共に生きる女性が教えてくれたこと~
私はエンドオブライフ・ケア協会の認定援助士として、「わかってくれる人がいるという安心感」と「心の穏やかさ」を大切に、日々訪問看護に取り組んでいます。 その中で出会ったのが、40代の女性患者様でした。彼女は炎症性腸疾患に伴う低栄養とⅡ型呼吸不全のため、中心静脈栄養と人工呼吸器の管理を受けながら、ご両親の介護のもとで寝たきりの生活を送っていました。当初は医療への不信感が強く、コミュニケーションが難しい状況からのスタートでした。 まずは私が担…
コラム135:いのちの授業認定講師への道のり〜これから講師を目指す方へ〜
こんにちは。「 折れない心を育てる いのちの授業 」認定講師として活動を始めた丸本と申します。今回は、私自身が講師になるまでの道のりを振り返りながら、これから講師を目指される皆さまへ、ささやかではありますが応援の気持ちを込めて、このコラムを綴らせていただきます。 私は2024年5月に「いのちの授業」講師トレーニングを受講しました。その直後、Facebookの「講師トレーニング受講済みグループ」に投稿し、模擬授業の練習をご一緒いただける方…
コラム133:反復・沈黙を学んでみての振り返り~手術室看護で活かしていきたいこと~
高齢化の進行により65歳以上の高齢者が5人に1人と言われる世の中です。また、認知症の方は多く、看護師として勤務する中で、高齢者・認知症の患者さんと関わる機会も多く、高齢者や認知症について正しく理解したいと思い、院内で開催された認知症看護特定認定看護師(認定ELCファシリテーターである同病院所属の河野裕見子さん)による講義を受講しました。 講義では「反復」「沈黙」というコミュニケーション技法について学びました。反復とは「相手の伝えたいメッ…
私は都内の総合病院の総合診療科で勤務しています。救急診療や訪問診療も含めて、実に多様な症例を経験しますが、良くなる患者さんばかりではありません。また病気が良くなったとしても、今後の生活や、人生について不安を話してくださる方にたくさん出会います。 病気のことを考えて、患者さんの生活のことを考えて、それでも解決しないモヤモヤを抱えながら、自分としてもどうして良いか分からず、また次々と運ばれてくる患者さんの対応で現場は疲れてしまう。 そのよう…
コラム129:私のなかにある小さなホスピスマインド ~大切な家族と、大切な友人のために~
私には沢山の仲間がいます。一緒に学ぶことができる仲間であり、私の悩みをいつでも心よく聴いてくれる仲間、薬剤師である私を認めてくれ、私に期待をかけてくれる仲間です。エンドオブライフ・ケア協会の 援助者養成基礎講座 を勧めてくれたのもこの仲間でした。 エンドオブライフ・ケア協会と出会うまでの私 私はこれまで薬局で、外来業務の傍ら、訪問薬剤師として弱りのある患者さんのご自宅に伺い対応をしてきました。通院ができなくなりご自宅で医療や介護を受ける…
コラム126:大好きな祖母が癌に。「自分は役立たず」と言う祖母に、何の返事もできなかった悔しさ
ELCと私の出会い 私は看護師でも医者でもない、ただただ祖母のことが大好きな一般市民です。そんな私がELCと出会ったのは、祖母が癌になったことが大きなきっかけでした。 私が生まれてからずっと一緒にいる祖母。そんな祖母が癌を告知されてから毎日毎日、懸命にサポートしていましたが、期待とは裏腹にだんだんと細くなっていく彼女の体。毎日の日課だった散歩も、料理も、趣味も、遠ざかっていきました。 ある日、祖母は私にこう呟きました。 「こんな役立たず…
コラム124:自信をもって寄り添える支援者になるために ~「苦しみをわかってくれた人」と思ってもらえた方から教えてもらったこと~
講座受講の経緯 私は、がんの闘病で苦しんでいる患者さんと関わった時の無力感から、専門的に緩和ケアを実践したいという気持ちで、緩和ケア認定看護師になりました。今は古民家をリノベー ションした在宅ホスピスで働いています。 これまでに多くのがん患者さんと関わらせていただきましたが、自分の関わりとしての核となるものがはっきりしておらず、正解はないとしても、答え合わせができない状況でもあり、自分の関わりはよかったのだろうかと思い出されるようになり…
コラム122:やっぱり「支え」があれば頑張れることを教えてくれる子ども達
私は長く小学校教員をしています。心理師でもあるので、自分の学校だけでなく地域の子ども達の相談やカウンセリング、保護者の教育相談にも多くかかわらせてもらっています。 特に近年は、不登校の児童生徒や、生きること自体に希望が持てなくなっている子ども達、困り感を抱えたまま相談できずにいるお家の方々が急増していることを、現場でもひしひしと感じます。相談数は年間数百件以上にものぼり、年々ニーズは高まるばかりです。 現場での教育相談を進めながら、同時…
受講のきっかけ 私は、紅茶やハーブティーを提供する小さなカフェを営んでいます。また、そこでティーウェリスト協会神戸校の講師として、生徒さんに様々なティーについての知識をお伝えしています。医療や介護の仕事ではない私がこの講座を申し込んだのには、あるきっかけがありました。 それは、ある月刊誌に掲載されていた、小澤先生が著者のお一人でもある『死を意識して生きる希望』という書籍の紹介記事でした。 自分も還暦を過ぎ、これから迎える人生の後半につい…
コラム120:苦しんでいる人の役に立ちたい浪人生が緩和ケア医になるまで
私が、小澤先生と出会ったのは、約20年前です。当時、私は大学浪人生でした。農学部志望でしたが、受験に失敗、苦しい浪人生活の中で、「世の中で最も苦しんでいる人の役に立ちたい」との想いが湧きました。そして、テレビで、聖路加国際病院の日野原重明先生の特集を目にし、もう治療できないと言われた癌患者さんは最も苦しんでいる、そういう人に向き合う緩和医療という分野があるのだと知りました。私は、インターネットで検索して、ホスピスや緩和ケアの医師・病院に…
実母と夫の膵臓がん遺族であり、患者会・遺族会の運営にも携わっている私がエンドオブライフ・ケアを知ったのは、看護師さんや薬剤師さんからの案内でした。 患者会・遺族会は、対面・オンライン・SNSで交流しており、治療の情報交換をしていくうちに、胸の内をポツリポツリとお話になることがあります。 私は寄り添いについて学ぶ必要を感じ、受講しました。 活動の中で、相談者の気持ちをわかろうとしているつもりでも、それが伝わらなければ悲嘆の中にいる人はわか…
コラム117:お互いに「ここにいていいんだ」と穏やかになれる看護師を目指して
私は、今年度から看護師人生が始まりました。病棟看護師として勤務しています。 エンドオブライフ・ケア協会の 援助者養成基礎講座 に参加したきっかけは、私はもともと「自尊感情」や「いのち」、「死」などにとても興味があり、偶然にも通っていた奈良県立医科大学での小澤先生の特別講演を拝聴し、「もっと詳しく知りたい」と思ったからです。 このコラムでは、講座を受講してからの私のこころの移り変わりと、講座受講後に臨床現場を振り返り、感じたことをお話した…
「応え、答え」の壁 「家に帰りたい、胃ろうにしたら帰れると先生に言われた。どうしたらいい?」 2015年、神経性の難病を患い、自宅で療養していた父が救急搬送され、まだ言葉を話せていた時の会話です。 何か言わなきゃ、答えなきゃ、励まさないと、どう答えたらいいの?当時の私の頭は面会に行くたびに混乱しました。 結局父は家に帰ることがかなわず、転院先で亡くなりました。今でもその時の無力感、後悔の思いは強く残っています。 「こんな体になっちゃって…
コラム115:その方にとって、“自分が理解者になれた”と感じた涙の瞬間
小澤先生との出会い 介護保険が始まった翌年、2001年にケアマネージャーの資格を取得しました。 私の記憶が確かならば、小澤先生がケアマネージャー更新研修の講師という形で出会ったと認識しています。 私たちは「本当に苦しんでいる人の気持ちを理解出来るのでしょうか」この問いにとても衝撃を受けた事を覚えています。 私は町田市で認知症専用の一軒家のデイサービスで、畑を耕しながら介護スタッフ兼ケアマネージャーとして働いていました。 その中の60代の…
エンドオブライフ・ケア協会との出会い 私は、島根県出雲市内の特別養護老人ホームで施設ケアマネとして勤務しています。施設で看取りまで関わらせて頂く機会が増え「ご家族へなんと声をかけるといいのか?」…と構えるばかりで言葉が出ず、ご利用者家族を前にして何もできない…力になれないな…と足が遠のくような思いを感じていました。 そんな頃、出雲市でのエンドオブライフ・ケア援助者養成講座との出会いがありました。私は、ご家族との面談や会話の中で沈黙は怖い…
コラム111:優しく包み込んでくれたユニバーサル・ホスピスマインド
自らの人生、悩み 現在24歳。私は、人生は常に頑張らなければならないと思い込んでいました。 小学2年生のとき、私は視力が悪く、眼鏡をかけるようになりました。当時眼鏡をかけている子は珍しく、一部の子は私に「メガネザル」とあだ名をつけてからかったりいじめたりしました。私はその時から、自分は存在していい人間なのか、考えるようになりました。また、勉強ができた私は、母から「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を教えられ、自分を隠すようになりました。自分…
私は現在、愛媛県松山市内の地域包括支援センターで社会福祉士として働いています。 お彼岸も過ぎ、訪問途中に見上げる松山の空に浮かぶ雲も、秋の雲が主役となり季節の移り変わりを知らせてくれています。今回は、大阪市内で援助者養成基礎講座を初めて受講した、2019年3月から現在までに出会った中でも、特に印象に残っているAさん家族との関わりについて振り返ってみたいと思います。 なぜ、印象に残っているのかと自分の中で振り返ると、出会った直後はAさんの…
2023年8月27日、富士市の男女共同参画事業の一環で、「折れない心を育てるいのちの授業」認定講師の関口圭子さんが、子育て中の保護者、地域の子育て応援者、興味のある方などを対象にお話をされました。その際、娘の関口眞央さん(小学校5年生)が、講師認定後、はじめて講演をサポートされました。当日をふりかえってみての感想と、これからの夢を綴ってくださいました。 はじめての「いのちの授業」 私は今回、母の「いのちの授業」のサポート役を初めて務めま…
ELC、いのちの授業との遭遇 大学1年の5月、サークルのイベントの一環で『折れない心を育てる いのちの授業』と出会いました。そして、長野宏昭先生との出会いもこのときでした。いのちの授業では、3つのレッスン「苦しみから支えに気づく」「苦しむ人を前にしてわたしにできること」「自分を認め大切にする」に沿いながら、困難や苦しみに直面してもそれらに向き合い、また周囲で苦しみにも恐れず関わっていく方法を考えていきます。支えに気づき、自分を認め、解決…
コラム104:苦しくて悲しい。けれど、その向こうに明るい静けさを見ていたい。いつも一緒に。
去年、山口県にあるサービス付き高齢者向け住宅「おげんきハグニティ」内の父の部屋に泊まって、看取りをしました。親子だからこそ理解し合うことの難しさもあり、看取りも簡単なことではありませんでした。 私の気持ちが揺れることは何度もありましたが、スタッフの皆さんのおかげで、父と過ごせる温かくて優しい日常、楽しさや笑いのある最後の日々がありました。想像もしていなかった穏やかで幸せな毎日でした。 東京で同居している高齢のお義母さんとの日常でも、もっ…
「あなたより小さな子供でお母さんがいない人もいるんだから、あなたはここまで育ててもらえて恵まれているでしょ」 母が亡くなった19歳当時に言われた言葉。 「子供なんていたら大変なこともいっぱいあるのよ。むしろ羨ましい」 「人は結局ひとりなんだからみんな同じよ」 “あなたたち夫婦には100%子供ができません“と告げられ、自分の生まれてきた意味がわからなくなり、スピリチュアルペインに喘いでいた頃、思い切って“辛い“と言葉に出した時に何度も言わ…
コラム102:沖縄の活動に見るワーカーズコープとの重なり:ユニバーサル・ホスピスマインドの社会実装を目指して
エンドオブライフ・ケア協会 8周年記念シンポジウム で登壇された、ワーカー ズコープ連合会センター事業団理事長・田中羊子さんは、「ワーカーズコープは、共に生き、共に働く社会をめざして、雇われるのではなく、自分たちで出資して、経営に責任を持ち、地域に必要な仕事をつくり出す「協同労働」という働き方を実践してきました。」と語られていました。 30年以上前から、協同労働という働き方を、社会運動として実践され、それが実を結び、2020年12月4日…
在日朝鮮人として生まれて 私の祖父母は韓国で出生、両親は日本で出生したので、私は在日三世の朝鮮人である。学生時代から教師の道を目指していたが、家庭環境(長男、貧困)の事情もあり、高校を卒業して現在の職場である共和病院に就職した。 当初、臨床検査技師を志望したが、枠がなく事務局に配属された。患者さんと接することなく10年間を過ごしたが、その後医療相談員(MSW)として異動になった。思えばこれが人生の分岐点であったのかも知れない。 教師は断…
結ぶに夏と書いてゆか。名前の通り夏生まれのかに座です。2006年秋に乳がん告知を受け、かに座キャンサーが文字どおりキャンサーがんになったわけです。 そんな折、小澤先生のご講演を拝聴、『苦しみの中でも幸せは見つかる』との出会いがありました。が、当時の私には、苦しみの中に幸せを見つけることは容易ではありませんでした。 がん友さんの旅立ちをきっかけに、2011年6月~カドベヤ(現在はピアサポートよこはまと名称を変更)でのピアサポート活動に参加…
私は長女としてこの世に生を受けました。亡き母は、沢山愛してくれていましたが、とても厳しい人で、何に対しても完璧を求め、中々褒めてもらえなかった子供時代を思い出します。例えばスイミングのテストが不合格だった時、試合に負けた時、学校の成績表をもらった時、大学入試が不合格だった時・・・。悲しくて、悔しいのは私なのに、なぜか怒られて「ごめんなさい」と言っていました。 だから、こどもが産まれた時、私が感じたような気持ちには絶対にしないって思って子…
コラム94:医師として治せなくても「わかってくれる人」に、私はなりたい
出会い 14年ほど前、松山市医師会主催の講演会でのことです。医師として私の人生に大きな変化が訪れました。当時の私は、大学病院から父の診療所に帰り、在宅医療を始めたばかりでした。在宅緩和ケアをしたくて地域医療を選んだのに、自分が役に立てているのか不安でいっぱいでした。 何が不安なのか?目の前で苦しむ患者さんが吐き出す言葉に、答えがみつからないのです。 「なんで、自分がこんな病気になったのか?」 「もっと治療したかったのに、主治医にここを紹…
コラム93:スクールカウンセラーとして、わかってくれる人になりたい
1冊の本との出会い 私は心理職、主にスクールカウンセラーをしています。保育園から小・中・高校まで様々な学校へ行きます。ある日、学校の図書室で、ふと目にとまったのが『折れない心を育てるいのちの授業』の本でした。 友人との話し方がわからない、勉強が全く理解できない、家族と仲良くしたいのに仲良くできない、自分の居場所が見つからない、家族の経済事情、性虐待、など悩みを持っている人はたくさんいます。リストカットなどの自傷行為や、大量にお薬を飲んで…
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