コラム145:支えるのではなく、共にある――Vysions のサマープログラムを通して考えた地域の居場所
私は現在、大学で社会福祉を学び、ソーシャルワーカーを目指しています。福祉やケアの現場を学ぶ中で、地域住民が主体となって支え合う「コミュニティソーシャルワーク」に関心を持つようになりました。 実は私自身、過去に学校へ行けなかった時期があります。その当時、出会った人たちの温かい関わり合いや、いつもと変わらず接してもらった経験が、人を嫌っていた私が心を開く一歩となり、前へ進むための大きな力ともなりました。 この経験から私は、誰もが人生の中で困…
コラム140:いのちについての学習を行うための器つくり:1998年から2006年までの歩み
~前書き~ 小松良子先生は、小学校の養護教諭として学校現場でご活躍される中で、同僚の先生方、子どもたちと『いのちについての学習』に取り組んでこられました。エンドオブライフ・ケア協会の『折れない心を育てる いのちの授業』プロジェクトが立ち上がる際にも多くの示唆をくださいました。「授業で学んだことを生活の中で行動したり、できたことを認め合ったりするためには、学級で、学校で、地域での器の存在が必要」とおっしゃる、小松先生の長年の教育実践から学…
コラム136:あなたは、「かけがえのない」「大切で」「愛される存在」であることを感じて欲しい
小さな頃、「お父さんお母さん ちゃんと帰ってくるよね」と不安に思いながら、窓から雨降る庭を眺めていた私。人が亡くなること、大切な人と永遠に会えなくなってしまうことに、漠然とした不安があった気がします。 あまり自己肯定感の高くなかった私が、誰かの役に立ちたいと、看護師を目指し、キューブラー・ロスの著書「死ぬ瞬間」に出会い、「死を受容する」ということができるのかという疑問、また、マザーテレサの「人はみな、神に望まれてこの世に生まれてきたので…
「露」という、たった一文字の禅語があります。 どんな意味かというと、「隠すことなく、あらわれる」だそうです。これは、枡野俊明さんのご著書にあった言葉です。ひとと比較せず、ひとの目を気にせず、あくまで自分らしく、自然に生きていく。それが“ありのまま”です。と、書かれています。 遡る事、2020年。皆さんの記憶には新型コロナウイルスの流行があると思いますが、私にとっての2020年からは大きな苦しみの始まりでした。祖母・父・母を相次いで天国へ…
私は家庭医です。いわゆる「昔ながらの町医者」というやつです。赤ちゃんからお年寄りまで、産前相談から緩和ケア・看取り・グリーフケアまで。年齢やジャンルを問わず、心・体の問題を問わず対応する、プライマリ・ケアの専門医です。 何でも診るといっても、何でも解決できるわけではありません。プライマリ・ケアの診療所に受診する患者さんの訴えの50%は答えがないとも言われています。私たちは日々、答えのない苦悩と向き合っています。 そんな不確かな世界と向き…
2023年8月27日、富士市の男女共同参画事業の一環で、「折れない心を育てるいのちの授業」認定講師の関口圭子さんが、子育て中の保護者、地域の子育て応援者、興味のある方などを対象にお話をされました。その際、娘の関口眞央さん(小学校5年生)が、講師認定後、はじめて講演をサポートされました。当日をふりかえってみての感想と、これからの夢を綴ってくださいました。 はじめての「いのちの授業」 私は今回、母の「いのちの授業」のサポート役を初めて務めま…
コラム90:いのちの授業を伝えることで私自身が教えられたこと
エンドオブライフ・ケア協会との出会い 私が製薬会社の抗癌剤グループで勤務していたころ、その時代は癌になったら病院で最期まで治療をし続け、最後の最後まで延命治療をする時代でした。 そのような延命治療について国民が疑問視し始めたころ、父親が長い間 闘病していた前立腺がんが全身骨転移となり、急死した母の代わりに単身で自宅に戻り父との生活を始めました。 父の「頼むからこのまま自宅で最期まで居たい」「人生の最後ぐらい自由に生きたい。」という言葉を…
「折れない心を育てる いのちの授業」は〇〇の始まりです。さて、何の始まりでしょう。 以下、私が実践した「折れない心を育てる いのちの授業」に参加くださった方からいただいたメールからの一部抜粋です(ご本人に掲載の許可をいただいています)。 "授業が終わったあとすぐ、息子は「俺には苦しいことはないな!暑いからアイス食べてスッキリさせるわ~」と笑いながら話していて(あまり分からなかったかな?)と思っていました。しかし、楽しみにしていた息子のア…
私は公立小学校、中学校、また公設私営の大学で児童・生徒・学生のためにソーシャルワークを行ってきた。元々心理職として教育現場で勤務していたのだが、私の力量が足りず、心理的なサポートのみでは一時的に子どもを笑顔にすることはできるが、子どもを取り巻く環境に根本的な原因がある場合、その環境に戻っていくと彼らの笑顔が消えていってしまうということを何度も経験した。困っている子どもを取り巻く環境には貧困やいじめや虐待等がある。そもそも貧困やいじめや虐…
お恥ずかしいながら、当時小学2年生の娘と私は、 本当に仲が悪かった。小さい時から、なぜかすぐにぶつかり合う。本当はとても愛おしい大切な存在なのに。 このぶつかり合いを何とかしたい、どうしたらいいんだろうと悩み、子育てが苦行にしか感じられない時もあった。 こんなことを思ってしまう私は、母親失格ではないか。そんな自分を認めたくなくて、さらけ出せなくて、子育てというものを孤独に感じてしまっていた。普段は看護師として、いつも笑顔で患者さんに心か…
コラム75:パパとママからの手紙が私の支え~当たり前なんてことはない~
私は先天的に靭帯がゆるい「ラーセン症候群」と言う病気で生まれてきました。すごく珍しい病気で、生まれてすぐ大阪の子ども専門の大きな病院に行ったのですが、そこでお医者さんに「この病院では3例目」と言われました。 私は、1歳になるまで両足首、両膝、両股関節の手術をしました。その後は、一生懸命リハビリをしました。私は、まだ歩けてはいないけど、保育園、地域の小学校に通ってバギーに乗って楽しく勉強し、お友だちや先生とお話しをして学校生活を満喫してい…
副島先生から、皆さんへ、メッセージが届きました。 今回のテーマはは、『ふあんの受けとめ』です。 病気と闘っている子どもさんたちと向き合ってきた副島先生ならではの、あたたかなメッセージです。 不安は、自分を守るためのあたりまえの反応 “立ち向かう”だけではなく、“はなれる”ことも対処の1つと紹介されています。 そのうえで、安心・安全の中で話を聴くことの大切さ だれもが当事者であり、自分を大切にと説かれています。 また質問コーナーでは、子ど…
副島先生との出会いは、もう何年になるのでしょうか。テレビドラマの主役になるような雲の上の人でした。ある医療とメディアとの学習会の懇親会の席で、サシでお酒を飲みながら話を伺ったときに感じたことは、その熱量は、半端ない(他人のことを言える立場ではないのですが…)ということでした。 これほど苦しんでいる誰かのことを思い、全身全霊をかけて取り組もうとしていて、その仕事に誇りを持ち、何より笑顔を大切にしている…。その懇親会の時に肌で感じた副島先生…
昨日はFB投稿できませんでした。というのも愛犬が低血糖発作で意識低下、けいれん発作などから、一時期危篤状態となりました(もともと持病がありまして…)。ということで、一日、お休みを頂きました。深夜帯ではありましたが、ブドウ糖をシリンジで何度が飲ませ、何とか事なきを得ましたが、これからも何があるかわからない日が続きます。 普段の何気ないあたりまえの生活が、一変することがあります。昨日の愛犬の出来事もそうです。そして、現在起きているコロナウイ…
前回、私はアリとキリギリスの話を紹介しました。少しだけ補足をさせてください。 一般的にイソップのアリとキリギリスの逸話は、「働かざる者食うべからず」という教訓として紹介されます。働いていたアリに対して、遊んでいたキリギリスが、やがて冬になって食糧難になって困る話です。ですから、「備えあれば憂いなし」という教訓としても学ぶことができます。 ただ、現実は厳しい世の中です。働きたいのに働けない社会です。働いているのに、認めてもらえない世の中で…
何事も経験は大切です。はじめからうまくいく人はほとんどいません。料理を作ることも、楽器を演奏することも、人前で話をすることも、最初は失敗することが多々あります。うまくいかなくて、取り組んだことを止めてしまう人もいるでしょう。それでも根気よく続けていくと、だんだんと上達していきます。 医療のように専門性の高い職種も同じです。採血や点滴などの血管確保の技術、内視鏡や超音波検査などの技術も経験とともに磨かれていきます。やがて1つ1つの経験は、…
<できない自分をこれでよい(Good Enough)と認めること>
4月23日は、私にとって忘れられない日です。2年前の今日4月23日午前3時19分、ご自宅で一人の患者さんの人生最期の診察を行いました。名前は、ペンネームでNanaさんと紹介します。Nanaさんの表情は、とても穏やかでした。それは、もう苦しむことも無く、人の迷惑をかけることもなく、限られた人生であったとしても、充実した時間を過ごされた証に見えました。 Nanaさんと最初に在宅で出逢ったのは前年の10月です。ですから、約半年間の在宅療養支援…
コラム65:「折れない心を育てる いのちの授業」の源流から 浄土真宗本願寺派 走井山善西寺 住職 矢田俊量さま (ELC第6回生) ここは三重県のとある小学校。創立百二十周年記念の講演会。会場の体育館には、幼稚園児、小学生児童、教職員、保護者があつまり、熱心に講演に聞き入っている。講題は「ホスピスから学ぶいのちの授業」。講師は横浜甦生病院緩和ケア医長・小澤竹俊先生。皆様にはいわずとしれた、現、ELC代表。今から16年前の秋のことである。…
エンドオブライフ・ケア協会 代表理事 小澤 竹俊 私は人前で話をすることが苦手でした。少なくとも中学や高校の時には、クラスで手を挙げて自分の意見を言うことも、あるいは、球技大会や文化祭の実行委員などで全校生徒を前に話をすることも、できる限り避けていました。そのような私が、気づくと人前で話をするようになりました。 きっかけは、山形で医療活動をして、健康診断の結果などをもとに公民館で健康教室として話をしました。普通に話をするとつまらないので…
コラム56:「自分なんかもういい!」なんて言わないで、しなやかに生きる力を
我が家の庭のあちこちにビオラの花が咲いている。前年のタネが落ちて春に芽を出すが、もう5年繰り返されている。自分の場所に安堵したかのようにたくましくそれぞれの育ちをしています。「いのちの学習」を通して、子供達から青年、成人、老年、そして最期を迎える時まで、それぞれの場所で、ビオラのように安心して穏やかに過ごせるような環境づくりとしなやかに生きる力をはぐくみたいと思います。 私の「いのちの学習」の原点は、小学校6年生M子との出会いでした。 …
このコラムは、 ディグニティ・セラピー の一環として、ご本人が大切にしてきたこと・伝えたいことを口頭で伺い、ご本人の言葉を活かした形で記録・編集したものを、後日ご家族とともにご本人に確認していただいたものです。子どもたちをはじめとして、次の世代へ伝えるメッセージとして、ペンネームで掲載することをご承諾いただきました。 生涯教育者として 人生において、様々な役割を担ってきましたが、生涯変わらないことは、教育者であるということです。大切にし…
コラム53:かかりつけ医から地域へ広げるエンドオブライフ・ケア
はじめに ELCとの出会い 子供へ認知症について伝えること いのちの授業への関わり 最後に 【はじめに】 父がこの地域、喜入で開業して54年という月日が経ちました。地域のかかりつけ医として武家屋敷跡を使って外来を始めた頃から在宅看取りを行っていたそうです。私は名古屋で医師となり、呼吸器内科医として活動する中で実家に帰る予定はなかったのですが…ずっと昔からの目に見えない「地域との絆」を感じた瞬間に“私しか出来ないことをするべきである”と直…
コラム50:母乳育児支援の立場から見る「5つの課題」の普遍性 〜「始まりと終わり」の共通点〜
多摩ガーデンクリニック 小児科、田村クリニック在宅診療部 内科 医師 高橋有紀子さま (ELC第45回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 当方はもともと小児科医です。ここ数年高齢者の在宅医療にも従事しています。今年2月に偶然小澤先生を囲む少人数の勉強会を知り参加したことから、自分の人生に新しい大きなベクトルが増えました。お話を伺って最初に感じたのは、「この支援と母乳育児支援の根っこは同じだ!」ということで…
エンドオブライフ・ケア協会 理事 めぐみ在宅クリニック院長 小澤 竹俊 いのちの授業という言葉は、昔からありました。その多くは命の大切さを伝えるために、1つの命(かけがえのないもの)、つながる命(今まで何世代もつながってきた大切なもの)として紹介されてきました。 あえて従来のいのちの授業を否定する気持ちはありません。とても大切な事です。そして、 あなたは、大切なたった1つの命を授かってこの世に生まれてきた存在なのですよと、伝えることを否…
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