<できない自分をこれでよい(Good Enough)と認めること>
4月23日は、私にとって忘れられない日です。2年前の今日4月23日午前3時19分、ご自宅で一人の患者さんの人生最期の診察を行いました。名前は、ペンネームでNanaさんと紹介します。Nanaさんの表情は、とても穏やかでした。それは、もう苦しむことも無く、人の迷惑をかけることもなく、限られた人生であったとしても、充実した時間を過ごされた証に見えました。 Nanaさんと最初に在宅で出逢ったのは前年の10月です。ですから、約半年間の在宅療養支援…
新型コロナウイルス感染拡大が本格的になってきました。目に見えない敵と向き合うということは、精神的なストレスは、数倍増します。普段の生活の中で、自分が感染するのではないか、あるいは、自分が他の人にうつしてしまうのではないか。何気ない生活にあって、最善を尽くしても、決して100点を取れるとは限りません。 たとえ最善の医療を施したとしても、重症化した肺炎の患者さんをすべて救命できるとは限りません。どれほど感染予防に留意したとしても、発熱もなく…
新型コロナウイルス感染は、いよいよ全世界に広がりをみせ、現場は混乱しています。外出禁止令が発令され、自由に集まることができません。人の往来が自由にできなくなりました。今まであたりまえであった風景が一変し、まさに非日常に世界であり、これは有事です。 そのような中、今できることは何かと問いながら、いくつかまとまって原稿を書いています。(山にはこもっていませんが…)しばらく投稿を控えておりましたが、ちょっとだけ近況報告です。 一般的ですが、苦…
コラム65:「折れない心を育てる いのちの授業」の源流から 浄土真宗本願寺派 走井山善西寺 住職 矢田俊量さま (ELC第6回生) ここは三重県のとある小学校。創立百二十周年記念の講演会。会場の体育館には、幼稚園児、小学生児童、教職員、保護者があつまり、熱心に講演に聞き入っている。講題は「ホスピスから学ぶいのちの授業」。講師は横浜甦生病院緩和ケア医長・小澤竹俊先生。皆様にはいわずとしれた、現、ELC代表。今から16年前の秋のことである。…
不条理な今を生きていくこと その5:なぜ人を殺してはいけないのですか?と聞かれたら…どうしますか
あたりまえのことですが、人は自由に物事を選ぶことができます。みんなで集まっておいしい物を食べたり飲み明かしたりしたい、大好きなグループが参加するコンサートに行きたい、楽しみにしていた映画を見に行きたい、学びたかった研修会に行きたい。ところが、本人の希望に反して、これらの自由が一方的に奪われると、きわめて理不尽で不条理な苦しみを味わいます。 なんで中止になったの! どうして楽しみにしていたイベントにいけないの! 一人の人間として、希望する…
コラム63:苦しみの中から支えに気づく文化 皆が穏やかに暮らせる世の中を作るために (1)
コラム63:苦しみの中から支えに気づく文化 皆が穏やかに暮らせる世の中を作るために(1) 沖縄県立中部病院 呼吸器内科/地域ケア科 長野宏昭さま (第1回ELCin沖縄受講生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) ・患者さんとの関わりのなかで学んだ、援助を言葉にすることの大切さ 私は学生の頃、勉強も運動もできない、何の取り柄もない内気な男子でした。医師になりたいという夢だけはあきらめきれず、浪人して悪夢のような…
さがらパース通りクリニック 医師 小齊平 智久さま (ELC第39回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 【私が医師になるまで】 私は生まれつき体の弱い子供でした。発熱が毎日のように続き、鹿児島大学病院で精密検査した結果、先天性心疾患(ファロー四徴症)でした。 昭和50年当時は5歳まで成長しないと手術出来ない、しかも成功率30%のかなり難しい手術だったそうです。その難関を、私も5歳のときにクリアしました。 …
訪問看護ステーションきりん 管理者 訪問看護師 中村マサ子さま (ELC第39回生 、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 現在高校三年生の娘は、中学時代、教室に入れなくなり、特別室で過ごしていました。「お母さん、教室に入ろうとしたら具合が悪くなって体が震えて、頑張ったけどもう無理。こんな自分ではない、心配かけるから今まで言わなかった」 私は何が起きたのか?わからず混乱するばかり。天真爛漫、怖いもの知らずのおて…
コラム59:もう見て見ぬふりはしない・もう眼をそむけない、全国に広めようELC連帯の輪!
日本のてっぺん最北端の街 稚内市 道北勤医協 宗谷医院 指定居宅介護支援事業所 社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士・主任介護支援専門員 石山武浩さま (ELC第53回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 私は、いつも周りから「困っている人がいたら、後先考えずに、その人のために行動する」と言われます。自分の中では考えていないわけではないのですが、すぐに何かしなければと行動に移してしまいます。その原点は、北…
地域互助力向上ネットワーク 0-100(ぜろひゃく)地域の輪 代表 中島 直子さま 私は北海道生まれの父と九州生まれの母に生を受け神奈川県相模原市で生まれ育ちました。こもれびの森という森林が近くにあり、成人するまでの様々な思い出と共にその風景も思い出されます。両親の活動の関係で暮らしは赤ちゃんから高齢者までが定期的に集い、地域が家族のような環境で育ちました。 高校1年の冬、1年半の闘病の末、父が亡くなりました。その2か月前には父方の祖母…
エンドオブライフ・ケア協会 代表理事 小澤 竹俊 私は人前で話をすることが苦手でした。少なくとも中学や高校の時には、クラスで手を挙げて自分の意見を言うことも、あるいは、球技大会や文化祭の実行委員などで全校生徒を前に話をすることも、できる限り避けていました。そのような私が、気づくと人前で話をするようになりました。 きっかけは、山形で医療活動をして、健康診断の結果などをもとに公民館で健康教室として話をしました。普通に話をするとつまらないので…
コラム56:「自分なんかもういい!」なんて言わないで、しなやかに生きる力を
我が家の庭のあちこちにビオラの花が咲いている。前年のタネが落ちて春に芽を出すが、もう5年繰り返されている。自分の場所に安堵したかのようにたくましくそれぞれの育ちをしています。「いのちの学習」を通して、子供達から青年、成人、老年、そして最期を迎える時まで、それぞれの場所で、ビオラのように安心して穏やかに過ごせるような環境づくりとしなやかに生きる力をはぐくみたいと思います。 私の「いのちの学習」の原点は、小学校6年生M子との出会いでした。 …
このコラムは、 ディグニティ・セラピー の一環として、ご本人が大切にしてきたこと・伝えたいことを口頭で伺い、ご本人の言葉を活かした形で記録・編集したものを、後日ご家族とともにご本人に確認していただいたものです。子どもたちをはじめとして、次の世代へ伝えるメッセージとして、ペンネームで掲載することをご承諾いただきました。 生涯教育者として 人生において、様々な役割を担ってきましたが、生涯変わらないことは、教育者であるということです。大切にし…
「私って必要ないのかな。」 私がよく感じた思いです。幼少期から自信がない子だったような気がします。決して家族から愛されていなかったわけでも、友達がいなかったわけでもありません。自信がなくなるきっかけは引っ越しでした。 私が幼稚園年中の時、親が祖父母との同居を決めました。小さい頃から団地で遊んでいた友達と離れ、引っ越し先では人見知りも災いして中々友達ができませんでした。 友達ができない自分、私は自分の存在がいらないものに感じました。ただ長…
コラム53:かかりつけ医から地域へ広げるエンドオブライフ・ケア
はじめに ELCとの出会い 子供へ認知症について伝えること いのちの授業への関わり 最後に 【はじめに】 父がこの地域、喜入で開業して54年という月日が経ちました。地域のかかりつけ医として武家屋敷跡を使って外来を始めた頃から在宅看取りを行っていたそうです。私は名古屋で医師となり、呼吸器内科医として活動する中で実家に帰る予定はなかったのですが…ずっと昔からの目に見えない「地域との絆」を感じた瞬間に“私しか出来ないことをするべきである”と直…
エンドオブライフ・ケア協会 理事 めぐみ在宅クリニック院長 小澤 竹俊 いのちの授業という言葉は、昔からありました。その多くは命の大切さを伝えるために、1つの命(かけがえのないもの)、つながる命(今まで何世代もつながってきた大切なもの)として紹介されてきました。 あえて従来のいのちの授業を否定する気持ちはありません。とても大切な事です。そして、 あなたは、大切なたった1つの命を授かってこの世に生まれてきた存在なのですよと、伝えることを否…
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