新型コロナウイルスは、私たちの日常を一変しました。今までのあたりまえの生活が、あたりまえではなくなりました。映画を観ることも、友達と会うことも、集まって学ぶことすら許されない非日常です。春から仕事に就く予定であった学生が、内定取り消しの一報をうけて途方に暮れる人もいます。 では、ここで1つの問いをだします。この中で、果たして誰が一番苦しいのでしょうか? 1.内定取り消しの学生 2.オリンピック開催の準備をしてきた人 3.大好きなグループ…
<防災タイムラインの必要性: なぜコロナと巡り会うのか、私たちは何も知らない いつコロナと巡り会うのか、私たちはいつも知らない>
新型コロナウイルス感染は、いよいよ医療・介護施設での集団感染のステージに入ってきました。病院や介護施設は、脆弱な高齢者や重症化しやすい基礎疾患を持った人が集まる場所であるため、ここでクラスター形成は、健常な人達が集まる会場でのクラスター形成とはニュースの意味が異なります。 今は人混みをさけ、なるべく感染が広がるスピードを落とすこと、もし体調が悪ければ外出を避け、自宅で安静にすることが大切です。しかし、私たちに今できることはもっとあります…
新型コロナウイルス感染を防ぎ、クラスター予防のため、週末の外出が自粛することが求められています。自由に集まり、誰かと会うことができなくなりました。楽しみにしていた映画にも行けず、好きな人とお気に入りのレストランで食事をすることも自粛しないといけません。まるで会うことを禁じられたロミオとジュリエット。 その一方で、今しかできないこともあります。一生で一回しかない孫の卒園式、限られたいのちを生きている人との時間、たぶん、来年は観ることのでき…
コラム65:「折れない心を育てる いのちの授業」の源流から 浄土真宗本願寺派 走井山善西寺 住職 矢田俊量さま (ELC第6回生) ここは三重県のとある小学校。創立百二十周年記念の講演会。会場の体育館には、幼稚園児、小学生児童、教職員、保護者があつまり、熱心に講演に聞き入っている。講題は「ホスピスから学ぶいのちの授業」。講師は横浜甦生病院緩和ケア医長・小澤竹俊先生。皆様にはいわずとしれた、現、ELC代表。今から16年前の秋のことである。…
不条理な今を生きていくこと その9:苦しんでいる人は自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい
本来であれば春が近づき、桜の開花がいつになるのか話題になるこの時期ですが、今年は新型コロナウイルス感染のニュースで、先行きが見えない状態となりました。まさにVUCAな時代そのものです。 不条理な世の中にあって、いろいろなことを決めていく難しさ、特に決断する人は、その責任を負うことになります。どちらを選んでも後悔する選択にあたり、わかってくれる誰かの存在が鍵となります。 皆さんは自分自身の悩みや苦しみをわかってくれる人はいるでしょうか?私…
不条理な今を生きていくこと その6:なぜ人は大切な誰かと会えなくなると悲しくなるの?
突然の休校の指示により、多くの学校では春休みが前倒しになりました。卒業を迎える学年では、準備もなくクラスの友達とお別れをすることになります。また多くの介護施設では、新型コロナウイルス感染予防の観点から、面会ができなくなりました。毎週のように面会に来ていた家族にとって、会えなくなることは、生活の一部を奪われるだけではなく、心配、不安、悲しみなどさまざまな感情がわきあがります。そして、なぜ大切な家族に会えないの?と不条理な今を嘆きます。 ア…
さがらパース通りクリニック 医師 小齊平 智久さま (ELC第39回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 【私が医師になるまで】 私は生まれつき体の弱い子供でした。発熱が毎日のように続き、鹿児島大学病院で精密検査した結果、先天性心疾患(ファロー四徴症)でした。 昭和50年当時は5歳まで成長しないと手術出来ない、しかも成功率30%のかなり難しい手術だったそうです。その難関を、私も5歳のときにクリアしました。 …
訪問看護ステーションきりん 管理者 訪問看護師 中村マサ子さま (ELC第39回生 、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 現在高校三年生の娘は、中学時代、教室に入れなくなり、特別室で過ごしていました。「お母さん、教室に入ろうとしたら具合が悪くなって体が震えて、頑張ったけどもう無理。こんな自分ではない、心配かけるから今まで言わなかった」 私は何が起きたのか?わからず混乱するばかり。天真爛漫、怖いもの知らずのおて…
コラム59:もう見て見ぬふりはしない・もう眼をそむけない、全国に広めようELC連帯の輪!
日本のてっぺん最北端の街 稚内市 道北勤医協 宗谷医院 指定居宅介護支援事業所 社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士・主任介護支援専門員 石山武浩さま (ELC第53回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 私は、いつも周りから「困っている人がいたら、後先考えずに、その人のために行動する」と言われます。自分の中では考えていないわけではないのですが、すぐに何かしなければと行動に移してしまいます。その原点は、北…
「私って必要ないのかな。」 私がよく感じた思いです。幼少期から自信がない子だったような気がします。決して家族から愛されていなかったわけでも、友達がいなかったわけでもありません。自信がなくなるきっかけは引っ越しでした。 私が幼稚園年中の時、親が祖父母との同居を決めました。小さい頃から団地で遊んでいた友達と離れ、引っ越し先では人見知りも災いして中々友達ができませんでした。 友達ができない自分、私は自分の存在がいらないものに感じました。ただ長…
株式会社タイコー堂薬局本店 専務取締役 薬剤師 井上龍介さま (ELC第3回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 2018年12月の医薬品医療機器制度部会にて、「患者にとって質の高い医療を、全国どこでも同様に、負担を少なく提供する」ことが法改正の検討項目となっています。その背景には、多くの薬局・薬剤師において、本来の機能を果たせておらず、医薬分業のメリットを患者も他職種も実感できていないことがあげられます。…
コラム50:母乳育児支援の立場から見る「5つの課題」の普遍性 〜「始まりと終わり」の共通点〜
多摩ガーデンクリニック 小児科、田村クリニック在宅診療部 内科 医師 高橋有紀子さま (ELC第45回生、認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定ELCファシリテーター) 当方はもともと小児科医です。ここ数年高齢者の在宅医療にも従事しています。今年2月に偶然小澤先生を囲む少人数の勉強会を知り参加したことから、自分の人生に新しい大きなベクトルが増えました。お話を伺って最初に感じたのは、「この支援と母乳育児支援の根っこは同じだ!」ということで…
コラム48:末期心不全患者へのエンドオブライフ・ケア~援助的コミュニケーションを実践し見えたこと~
【はじめに】 私は、循環器専門病院で外来看護師として多くの心不全患者へ看護を提供しています。再入院を繰り返す心不全、発症から5年も経てば、ついこの前まで歩いて外来に来ていた患者が次々に亡くなられるという時間を過ごしていました。何かできることはないかと心不全患者の語りに耳を傾け始めた頃、お一人の心不全患者Aさんに出会いました。 【Aさんとの時間】 80代男性。腹筋を日課とする大柄の元気な方でした。重症大動脈弁狭窄症にて心不全を発症し緊急入…
生命保険 外交員 池田静子さま (ELC第44回生) 私は生命保険の外交の仕事をしています。 生命保険は皆さんがご存知のように、万が一の時には残された家族へ思いを届ける死亡保障。 病気になったときに安心して治療が受けられるように医療保障。 介護認定を受けたら介護保険が受け取れ、余命半年と言われたら死亡保障を受け取る事ができ治療に役立てられるリビングニーズや高度障害などがあります。 私はお客様が病気になった時、給付のお手続きで、ご本人やご…
エンドオブライフ・ケア協会 理事 めぐみ在宅クリニック院長 小澤 竹俊 いのちの授業という言葉は、昔からありました。その多くは命の大切さを伝えるために、1つの命(かけがえのないもの)、つながる命(今まで何世代もつながってきた大切なもの)として紹介されてきました。 あえて従来のいのちの授業を否定する気持ちはありません。とても大切な事です。そして、 あなたは、大切なたった1つの命を授かってこの世に生まれてきた存在なのですよと、伝えることを否…
医療法人社団聖仁会 我孫子聖仁会病院 外来師長 松宮 泉さま(ELC 第27 回生、 認定エンドオブライフ・ケア援助士、認定 ELC ファシリテーター) 当院は千葉県北西部(千葉県公認キャラクター“ちーばくん”の目の上端あたり)に位置する病床数168床の地域密着型の2次救急病院であり、療養病棟および緩和ケア病棟を有する。また、当院のある我孫子市は人口13万2千人あまり、65歳以上の高齢者が3万8千人あまり、高齢化率25%程度と、正に日本…
コラム35:緩和ケア病棟でのリハビリの介入と葛藤、そして援助的コミュニケーションとディグニティセラピーの経験
コラム35 : 緩和ケア病棟でのリハビリの介入と葛藤、そして援助的コミュニケーションとディグニティセラピーの経験 社会医療法人 共愛会 戸畑リハビリテーション病院 リハビリテーション科 主任 理学療法士 久保 貴照さま(ELC第30回生) 当院は、福岡県北九州市の戸畑区にあります。 北九州市(門司区、小倉北区、小倉南区、戸畑区、八幡西区、八幡東区、若松区)は福岡県の東部に位置する政令指定都市であり、九州地方で第2位の人口(…
私は、もうすぐ61歳になる脳性マヒの障害者です。8ヶ月の早産で生まれ、片手に乗るぐらいの身体の小ささで人生をスタートさせました。未熟児だったために脳性マヒになったようです。 幼少期から訓練を積んできたのですが、20歳になっても歩く事は出来ませんでした。それでも、電動車いすを手にしてからは、1人でどこへでも行けるようになり、障害者運動に参加しながらも、障害者歯科の歯科コーディネーターとして10年ほど働きました。その間に結婚して3人の子供が…
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